なぜ西野朗氏はタイ代表監督就任を決断したのか?
タイ語の通訳がいることを忘れるほど言葉に熱がこもった。タイ代表監督およびU-23タイ代表監督に就任した日本代表の西野朗前監督(64)が19日、都内のホテルで就任会見に臨んだ。 日本代表をベスト16に導いた、昨夏のワールドカップ・ロシア大会をもって勇退してから1年ちょっと。上下グレーのスーツに濃紺のネクタイ姿の西野氏は、同席したタイサッカー協会のソムヨット・プンパンムアン会長とともに契約書にサイン。新たな挑戦をスタートさせた。 タイ協会からオファーを受けていた西野氏は、6月末にバンコクを訪れてソムヨット会長と会談。即答こそ避けたものの、タイサッカー界を挙げて寄せられた期待に「本当に光栄なこと」と心を打たれ、帰国後に抱えている仕事を整理して正式に受諾を伝えた。 「会長からは『新体制のもとで新しいタイのサッカーを築きたい。発展をサポートしてほしい』と熱意のある話を聞きました。タイのサッカーは(かつては)日本にとってアジアにおける大きな壁でしたが、私自身、思っていた以上に成長していないと感じてもいました。タイのサッカー界には非常に大きなポテンシャルがあると思っているので――」 就任までの経緯と抱負を一気に2分近くも語ったところで、西野氏は苦笑しながら「ごめんなさい」と女性通訳に謝った。そして、タイ語への翻訳をはさんで、再び熱い言葉を紡いだ。 「――これから大きな作業が待っている。タイ代表が東南アジアのリーダーとなれるように、日本代表としっかり戦えるようなレベルアップを図れるように、覚悟をもって成長させていきたい」
柏レイソルを皮切りにガンバ大阪、ヴィッセル神戸、名古屋グランパスを率いて歴代1位となるJ1通算270勝をマークした。U-23日本代表を率いた1996年のアトランタ五輪では、サッカー王国ブラジルを撃破する「マイアミの奇跡」で指揮を執った。 そして、フル代表監督としては、緊急登板から2か月しか準備期間がなかった昨夏のロシア大会で、開幕前の芳しくない下馬評を鮮やかに覆した。しかし、栄光に彩られてきた指導者人生のなかで、未知の挑戦があった。64歳にしてモチベーションをたぎらせた理由がここにある。 「他国で、しかも代表チームの監督を務めることは簡単なことではない。ただ、自分自身、異国でのチャレンジに対して強い思いがあり、再びチームを率いることのできる幸せも感じています」 もっとも、現場に戻れる余韻に浸っている時間はそれほど多くない。9月5日にはワールドカップ・カタール大会出場をかけたアジア2次予選が幕を開け、タイはUAE(アラブ首長国連邦)、ベトナム、マレーシア、インドネシア各代表とグループGを戦うことが決まっている。 「時間がない、ということに慣れているわけではないんですけど、そう簡単に何度も成功することでもない。それでも、そういう(時間が限られた)なかでチャレンジしたい」 ロシア大会へ臨んだ自身の軌跡をちょっぴり自虐的に使いながら、西野氏は会場を訪れた約100人のメディアの笑いを誘った。運命の悪戯か。UAE以外はすべて東南アジア勢となったことで、アウェイ戦の移動距離は大幅に軽減される。一方で近隣諸国のライバル同士ゆえに、激しい火花が散らされる。 「UAEという絶対的なチームがあるとは言っても、このグループはただのワールドカップ予選ではないような戦いになるのではないか。まずは開幕戦の相手がベトナムという点で、自分にとっても初戦という意味でも非常に厳しい戦いになると思っています」 最新のFIFAランキングはタイの116位に対して、UAEが67位、躍進著しいベトナムが96位、マレーシアが159位、インドネシアが160位になっている。グループの2位でも3次予選進出の可能性があるなかで、ベトナムと2位を争う図式が生まれるかもしれない。