睡眠は「脳の誕生」以前から存在していた…なぜ生物は眠るのか「その知られざる理由」
ヒドラにも「睡眠のメカニズム」があった
ヒドラはどのような仕組みで眠っているのだろう。ネズミや昆虫を用いた研究から、神経細胞同士のコミュニケーションに使われる化学物質や神経細胞の中で働く遺伝子が、睡眠の調節に関わることが分かっている。こうした睡眠のメカニズムは、ヒドラにも存在するのだろうか。 神経細胞のコミュニケーションに使われる物質としては、ドーパミンやGABA(ガンマアミノ酪酸)が有名である。ヒドラを用いた実験から、ドーパミンとGABAがともに睡眠の調節に関わることが明らかになった。さらに、メラトニンと呼ばれる睡眠誘導物質を投与すると、ヒドラが眠りやすくなることが分かった。 遺伝子についてはどうだろうか。ヒドラにおいて、睡眠に伴い量が変化する遺伝子を探し、その機能を昆虫であるショウジョウバエで解析することにした。ショウジョウバエはコバエの一種であるが、遺伝子操作がしやすく、古くから実験動物として用いられてきた。体内時計や睡眠の研究でも大活躍している生物である。ショウジョウバエで、ヒドラの睡眠に関連する遺伝子の働きを低下させると、睡眠量が変化することが分かった。生物種を超えて共通する新しい睡眠遺伝子の発見である。 脳を持たないヒドラに睡眠という「現象」が存在するのみならず、その「メカニズム」も他の生物と共通していた。メカニズムも同じということは、進化の過程でヒドラと他の生物が別々に睡眠を獲得したわけではなく、ヒドラとヒトが分岐する前の共通祖先も、同じ仕組みで眠っていた可能性が高い。 ヒトの場合、睡眠不足が続くと思考力や判断力が低下するほか、場合によっては体重が増えやすくなる、肌荒れがひどくなるなどの身体的変化が現れる。全く眠れない状態が続くと、幻覚などの精神症状が現れるようになる。 ヒドラを睡眠不足にさせると、何が起きるのか。ヒドラを揺すって起こし続けたり、ヒドラが眠りにくくなる薬を投与したりすることで、細胞増殖が低下することを確認した。新しい細胞が作られなくなるということだ。ヒドラにおける睡眠の意義や役割についてはまだ研究途中であるが、睡眠が体の維持や成長に関わることは間違いない。「寝る子は育つ」という諺は、ヒドラにも当てはまるようだ。