【皇室コラム】「その時そこにエピソードが」第25回 <関東大震災とベルギーから贈られた絵画と中禅寺湖畔の別荘>
特別公開の日。当時のロクサンヌ・ドゥ・ビルデルリング大使が見学者たちを迎えていました。東京に戻って改めて別荘のことを尋ねると、丁寧に返事をくれました。 「別荘について、多くの方に興味を持っていただけたことを大変うれしく思います。ベルギー大使館の別荘は、日本とベルギーとの絆、歴史的なつながりを象徴する大切な建物です。現在も年間を通じて大使を含む外交官や大使館職員が使っていますが、今後も大切に使い続けていきたいと思います」
■寄贈されたボートの名前は「バッソンピエール」
対岸の「中禅寺湖畔ボートハウス」に、2009(平成21)年に大使館から寄贈されたボートが展示されていました。長さ438センチ、幅126センチ、深さ45センチ。昭和初期に湖畔で造られ、別荘で釣りなどに使われてきた4人乗りの和洋両式のボートです。 船首に書かれた船名に驚きました。「Bassompierre」。バッソンピエール大使の名前です。お披露目のセレモニーでは公使らが乗り込んで湖を遊覧し、「1世紀前の光景が思い浮かぶようだ」と話しています。当時の記事のコメントに、大使も利用したのだろうかと想像が広がります。 別荘の記事を調べていて、2015(平成27)年11月、公使参事官が下野新聞の取材に応じた記事を見つけました。その人の名前は「クリストフ・ドゥ・バッソンピエール」。有島生馬の「大震記念」に描かれたバッソンピエール大使のひ孫です。記事によればベルギーで別荘を持つ大使館は日本だけで、公使参事官は曽祖父が利用した別荘について「周囲の自然や眺めが非常に美しい」と語っていました。 両国が公使館を大使館に格上げしたのは昭和天皇のベルギー訪問後です。ベルギー側の初代がバッソンピエール大使でした。病気の大正天皇に代わって信任状を受け取った皇太子時代の昭和天皇は、ベルギーの滞在と、王室の心のこもった歓迎がいかにうれしかったかを、大使に繰り返し語ったそうです。 バッソンピエール大使の〝姿かたち〟は、東京の復興記念館の絵の中にとどまらず、中禅寺湖畔のボートや、奥日光の歴史の中に生きています。100年前にあった秘話の数々に、ベルギーと日本の関係の〝奥行き〟を思います。