鉄道の衰退は人災だった、SLを走らせて「昭和の汽車旅」と言ってももはや通用しない
■ なぜ需要がなくなったのかを考えようとしなかった 鳥塚氏:昔、運転されていた寝台車の寝台利用の料金が6300円で、その他に特急料金が必要で、乗車券もいる。そういうものに乗りますか? それなら飛行機で行って、ビジネスホテルに泊まった方がいいじゃないですか。 ――鉄道会社は商品の開発を、あまりにも怠ってしまった。 鳥塚氏:昭和40年代までの国鉄は、需要に追われて「運ぶこと」で精いっぱいだったんですよ。けれども時代が昭和50年代になって、パタッと需要がなくなったんです。 その時に、きっと彼らは、需要がなくなったので一安心してしまったたんですよ。そして、なぜなくなったのかを考えようとしなかった。何もしないのが、結局は一番楽なんですよ。 けれども、その考え方が、その後の鉄道の行方を決めたのかもしれません。 (後編へ続く:10月31日公開)
池口 英司