渋谷慶一郎のアンドロイドオペラを読み解く(後編)
音楽家、渋谷慶一郎が手がける人間不在のアンドロイドオペラの魅力とは? 本人へのインタビューを通し、今年6月におこなわれた『MIRROR』への思い、作品づくりへの考えなどに迫る。 【写真を見る】これが異次元のアンドロイドオペラだ!
最新技術の活用
渋谷慶一郎による世界初のアンドロイドオペラの『MIRROR』は、アラブ首長国連邦・ドバイ万博での初演のあと、パリのシャトレ座に巡回し、6月には東京凱旋公演もおこなわれた。 渋谷が、世界が終わる過程とその後をシミュレーションし、観る人に違う可能性を考えさせるという作品の製作では、人類が叡智の果てに作り出したAI(人工知能)などの最新技術がそこかしこで活用されている。 後編では公演前に行った渋谷慶一郎のインタビューを元に公演の詳細に迫る。
AIを使った作曲の新しい形
今回のアンドロイドオペラ『MIRROR』の東京凱旋公演は、近年における渋谷慶一郎の活動の集大成ともいえる。 本編のオペラである『MIRROR』の前に、今回初披露となった序曲と、2021年に新国立劇場からの委嘱で作ったオペラ『Super Angels』の、抜粋があった。 これから始まる破滅のオペラの最後を予見させるような不穏なメロディーの序曲は、ChatGPTの基盤であるGPTと言うAIを使って作曲したものだ。その凄まじい迫力は、最近、よく耳にするAI作曲とはまったく異なるアプローチで実現している。 我々がよく耳にするAI作曲は、作曲専用のAIを使って、1曲まるまるAIに制作を任せた……というものだが、渋谷の場合そうではなく、人間が作曲するには困難極まる複雑なスコア=レイヤーされた音の塊をAIで生成し、その塊を抜粋、編集することで一つの曲に仕立てている。 「今回目指したのはすべてがランダムで周期性のないマッシヴデータのような音の連鎖です。各パートが周期性なく奏でる音の好きな部分やランダムに層を選んでいくつか切り出し、それを繋いでいく……」 渋谷は、本曲が生み出す圧迫感を、ドイツを代表する現代アートの巨匠の作品になぞらえる。 「(ゲルハルト・)リヒターのストライプを描いた作品があるじゃないですか(「ストリップ」シリーズ)。近づいてみると線が揺れて見える作品……あれはリヒター自身が描いたアブストラクト・ペインティングをスキャンして何度も細分化していって、最終的には0.3mmくらいの極細のストライプにしてるんですよね。だからそのストライプの中に元のアブストラクト・ペインティングの線や色彩が粒子レベルに分解されているので、視覚的には情報過多で線が波打つように揺れて見えてしまう。つまり複雑すぎて知覚が追いつかない。 この曲はリヒターのストリップシリーズの方法を作曲に使えないかなとずっと思っていたのを試してみたのです。東大の池上高志さんにプログラミングで協力してもらって、全てが非周期な複雑極まるオーケストラスコアをGPTで生成して、それを1秒とか0.5秒とか10秒とかでスコアの上から下まで輪切りにカットアップして反復させたり重ねたりしています。 人間が作ると、どうしてもそこに作った人の意思が入ってしまう。自らの意志の入らない音の層を作るというのはAIの使い方として正しいんじゃないか? また、それを試すのにオーケストラという古典的なメディアは面白いんじゃないかと思ってやってみました。オーケストラスコアを書くのはAI、それを反復させたり重ねたり編集するのは僕、ということで半AI、半人間の共同作業というのは課題も見えましたが新鮮でした。」 作られた曲は楽譜化され40人を超えるオーケストラメンバーに配られ、全ての音符、強弱などは確定されているが、どの音符までをひとまとまりで引くかというフレージングはオーケストラのメンバー1人1人に委ねられているという。 GPT、渋谷慶一郎、そして奏者ひとりひとりの思惑が入ったこの複雑な序曲には「この音楽は誰のものか?」と、言うタイトルが付けられている。アンドロイドオペラの集大成とも言える今回の日本の凱旋公演で新しい試みを初披露する形となった。