渋谷慶一郎のアンドロイドオペラを読み解く(後編)
人類1200年の叡智とAI……アンドロイドの対話が描き出す人類の行く末
そしてやはり、公演の目玉は第二部のアンドロイドオペラ、『MIRROR』だ。1200年の歴史を持ち人類の叡智が詰まった仏教の経典を歌い上げる声明(しょうみょう)と、それを学習したアンドロイドによる人類破滅を思わせる掛け合いに引き込まれる。 声明とは、仏典に節をつけた仏教音楽。公演でそれを歌うのは高野山の三宝院で声明の伝統を守り続けているグループだ。これまでの海外公演では、藤原栄善がリードを務めていたが、今年は大事な修行の時期ゆえ、高野山を下りられないため、東京公演では彼の一番弟子でほかの海外公演で一緒した経験もある谷朋信が中心を務めた。衣装は、僧侶たちの自前だ。 「彼らの衣装は金の糸を使った袈裟とか物凄く華やかで存在感もある。一度、オーストリアのアルス・エレクトロニカで教会の十字架の下で藤原さんが声明を唱えて、そこに僕が爆音の電子音楽とビートを足してという公演をしたこともあるんだけど、ステージに出たとき、その衣装を見ただけでお客さんがどよめいてましたね」と、渋谷。 では、アンドロイドと僧侶たちの掛け合いはどのように進行するのか。 「オペラというものは歌手がオーケストラをバックにソロで歌うアリアがあって、次のアリアまでの間を、レチタティーヴォと言う歌手同士の会話様式の歌の掛け合いでつなぐ構造になっていることが多いんです。特にモーツァルトみたいな古典的なオペラはそうです。アンドロイドオペラの『MIRROR』では、アリアはアンドロイドが歌い上げて、その間のレチタティーヴォではオーケストラの演奏を無しにして、代わりに電子音楽をバックに僧侶たちが唱える声明とアンドロイドの掛け合いでつなぐ形にしています」 僧侶が唱える1200年の歴史がある声明の部分は、改変できないので、元々の経典のまま歌い上げるが、アンドロイドが、その人類の叡智と言える経典を聞いた上で、それに対するオブリガード……つまり主旋律と対になる歌を即興で歌う。 「レチタティーヴォは全部で3箇所ありますが、そこでアンドロイドが歌うオブリガードは、あらかじめそのパートでうたわれる声明のテキストをAIのGPTに学習させておき、あらかじめ歌詞として生成されたものです」 ただし、それをどのように歌い上げるかは、その時のアンドロイドの気分次第。ドバイでの初演ではアンドロイドが30秒近く「あー」と、歌い上げたまま固まってしまう場面もあり肝を冷やしたという。 人の言葉に対して、非人類であるアンドロイドが言葉を返す……よく考えると、この1~2年で世界中の人類が夢中になっているChatGPTとの対話に似ているが、『MIRROR』では語り掛けられているのは多くの人々が1200年近くにわたって敬意を持って接してきた叡智とも言える経典となっており、それに対してアンドロイドからは、遠からず滅びていく人類を憐れむような言葉が返ってくる。それでいて電子音楽の爆音が響く中、不思議と心が浄化されスッキリとした気分になっていくのが、本公演の不思議な魅力だ。 ある意味、人類の究極の到達点を描いてしまった渋谷だが、ここから先、どのような作品を新たに作るのか、気になるところだ。