遠征の終わりが迫る最後のサミットプッシュ 【日本山岳会ヒマラヤキャンプ登山隊2023撮影記】♯09
泣いても笑っても
9日から11日にかけて風が強まる予報になっていた。その後は天候が好転する予報だ。ファイナルキャンプを設置してある稜線の手前までは強風でも影響を受けにくい地形になっている。そのため10日にTC1で1泊、11日にファイナルキャンプで1泊、天候が回復する12日に稜線に出てシャルプーⅥ峰を目指すことにした。13日には下山完了予定だ。13日はバックキャラバンのリミットでもある。山頂に到達できてもできなくても13日にはベースキャンプに戻らなければならない。ここまでくると、あとはやるしかないという気持ちになってくる。天候待ち期間に下準備もでき、やることはやったかなという気持ちだった。危険に関すること、体調に関すること、天候に関すること、いろいろなことが気になっていたこれまでのトライのことを考えると、なんだかすっきりとした気持ちだった。3度目でようやくヒマラヤを楽しめそうな気がしてきた。
何度も歩いた道をもう一度登って
11月10日、ベースキャンプからTC1へ行程を進める。すでにファイナルキャンプにテントを上げてあるため、ここで泊まるのは予備で持ってきていた一回り小型の軽量テントだ。2~3人用のテントに3人ぎゅうぎゅうで中に入る。背の高い金子君はなかなか大変そうだ。いままで水を取っていた隣の氷河湖は全面凍結しかけていた。11月も中旬になり確実に冬が近づいてきている。この山と向き合う時間も残りわずかなことを実感した。 ひとまずここまでは順調だ。日が変わり11日、ファイナルキャンプを目指す。事前の下準備のおかげで荷物が少なく済んでいた。標高を上げ、先日設置したファイナルキャンプに到着した。いままででいちばん高いキャンプ地となり、雪の上でのんびりヒマラヤの高峰を眺めることができる特等席だ。いよいよ翌日は前回届かなかったタナプー山頂、さらにそこを越えてシャルプーⅥ峰の山頂を目指す。
前衛峰タナプーを越えて
11月12日、3時に行動を開始する。ファイナルキャンプからタナプーの基部まではすぐだ。まだ暗いなか、氷河を慎重に進んでいく。稜線に出ると風で一気に体が冷やされた。日の当たらないこの時間の寒さは堪える。基部からは、登り慣れた雪壁に張りつき、支点を取りながら同時登攀で登っていく。相変わらずあたりはまだ暗く、動いていてもなかなか体は温まらない。しかし暗いうちに雪壁を越えて雪稜に入ることができたことは前回からの進歩だ。 フルートに入ってからも同時登攀で移動を続けていると、次第に空が明るくなってきて、私たちが以前歩いた足跡がまだ雪面に残っているのを見つけられた。それをたどり、先を目指す。 そうしてついに、タナプーの肩に出てリッジへと足を踏み入れる。ここから先は新たな領域だ。雪面には氷の割れ目がいくつも見えており、その合間を縫うように慎重にルートを見出していく。支点はスノーバーを中心に使っていたが、表面が柔らかいので、ある程度掘ってからスノーバーを埋める必要がある。この土木作業に体力が削られていく。 移動の途中、サキさんが打ち込んだアックスの刺さりが甘く、1。5mほど斜面をずり落ちてしまった。リッジは両側が切れ落ちているため、完全に滑落したら数百mは止まらないだろう。肝を冷やす一瞬であったが無事に通過する。リッジを渡り終えるとタナプー山頂の横に出る。そこからようやくシャルプー峰へ続く「プラトー」が初めて見えた。タナプーを下った先は広大な雪原になっていて視界がとても開けていた。その先の氷河の丘を上がり稜線を進めばシャルプーⅥの山頂だとわかる。だが、まだだいぶ距離があるように感じた。時間はまだあるがペースをあげないと今日中に戻ることは難しそうだ。ひとまずタナプーの山頂はあと回しにしてトラバースをし、一気にプラトーへと下る。プラトーは氷河地帯だ。大きなクレバスが威圧感を放ちながら広がっていた。疲労が溜まり始め、言葉少なめに黙々とプラトーを抜け氷河の丘を登っていった。 次回最終回、3回目のサミットプッシュ最後の決断、初めてのヒマラヤを終えてをお伝えします。
PEAKS編集部