「米ソ冷戦」の次は「対中包囲」の時代に 長期化した時に求められる日本の役割は?
もともと中国は「もうひとつの文明」
僕の専門から考えよう。世界における建築様式の分布を俯瞰すると、大きく石造宗教建築圏と木造宗教建築圏に分けられる。また宗教建築様式の分布は文字の分布と相関が高く、石造宗教建築圏はアルファベット文化圏であり、木造宗教建築圏は漢字文化圏である。前者は、古代地中海周辺からイスラム教圏とキリスト教圏を経て、16世紀以後世界に広がった「大きな文化圏」であり、後者は中国、南北朝鮮、日本などに限られた「小さな文化圏」である。 つまり中国は、現在の世界でメジャーとなっている人類の文明史において「もうひとつの文明」の国なのだ。そう簡単に他と同化するものでもなく、消えてなくなるものでもない。日本という国は、あるときからその「もうひとつの文明」を一挙に取り入れ、そしてあるときからそれを変容させ独自の文化を成熟させ、またあるときから世界でメジャーとなっている文明を取り入れ、一挙にその一員となった国である。 そう考えれば、日本の立場は微妙である。しかしその微妙さを強みに変えることは可能だろう。中国との文化的つながりは他国に例を見ない深みがある。「対中包囲時代」が長期化したとき、漢字文化を歴史的に理解する国として一定の役割を果たす可能性はある。そのためには、包囲網の一部を形成しながらも、なお文化的な弾力性を失わないことが重要だ。 自由で開かれたとはいえ風強く波高い海に浮かぶ小舟には、これまでになくしなやかな舵取りが求められる。