脇道を出るときに忘れがちな「歩行者保護」|長山先生の「危険予知」よもやま話 第26回
長山先生、ドイツで3Aのテストを受ける!?
編集部:3AのAがドイツ語から来ているということは、「3Aの訓練」はドイツで始まったのでしょうか? 長山先生:そうです。“3Aの訓練”を最初に唱えたのは、ドイツの交通心理学者のムンシュ博士で、私は2度博士を訪問しましたが、考えに共通する背景があって大きな共感を得たものです。 編集部:ドイツにいる交通心理学の博士を2度訪問したのですか? 長山先生:1回目にお目にかかったのは1973年で、チューリッヒで開催される第1回運転者行動国際会議に出席するのに際して、1か月間にわたりドイツ・スイス・オーストリアの各地の大学・研究所を訪問しましたが、私の研究の話をすると、どの研究者も「ドイツのミュンヘンにあるTÜV(ドイツ技術検査協会)の心理医学研究所所長のムンシュ博士を訪問しなさい。国際会議には博士の助手シェベレ氏が出席しているから、彼からアポイントを取ってもらえばよい」と口を揃えて推薦されました。 編集部:その世界では有名な先生なのですね。初めてお会いした時はどんな感じだったのですか? 長山先生:TÜVの研究所を訪れて博士と挨拶をしてソファーに座ると、間を置かずに博士は私に1枚の写真(下)を見せて次のように問いかけられました。 博士「この写真には何が写っていますか?」 私 「道を横断している人がいます」 博士「その人は何歳くらいですか?」 私 少し考えて「70歳くらいでしょうか?」 博士「なぜそう思いました?」 私それまでは漠然と見ていたが、そう問われて、ぐっと見るようになって「背中が曲がった体つきや、白髪や、着ている服などからでしょうか」 長山先生:そのように答えると、博士は「詳細に見ることを習慣にしていますと、必要なことを瞬間的にでも見て取れるようになるもので、年齢や相手はどこに注意を向けているか、そして何をしたがっているかなど、相手の特性を把握できるのです」と述べられました。その後にいろいろな資料をいただきましたが、資料の中に1冊の冊子があり、それはADAC(ドイツ自動車連盟[日本のJAFに当たる組織])の発行で『交通センスの形成への道』と名づけられたものでした。 編集部:「交通センス」ですか? どのような内容だったのでしょうか? 長山先生:博士の交通心理学の概念構成が鮮明に描かれていて、その中の「パートナー学」の部分に「3Aの訓練」が含まれていました。そこには、交通に参加する人たちはお互いに相手を自分に邪魔な存在と感じるのでなく、パートナーと受け止め、相手の特性や相手の心理まで読み取って良い関係を保っていくことの重要性が書かれていて、とても感銘を受けたものです。 編集部:2度目の訪問は、それからしばらく経ってからだったのですか? 長山先生:1980年でしたので、7年後になりますかね。ミュンヘンにあるADAC本部と交通安全教育システムについて意見を交換するためにドイツを訪れた際でした。ムンシュ博士は所長を引退しておられましたが、名誉所長として3階の一室で元気に研究活動を続けておられました。前回いただいた資料などを再確認しながら再会を喜んだものでした。ちなみに、外国では職を引退した方でも立派な屋根裏部屋で優遇されているケースが多く、その点、日本はだいぶ違いますね。
『JAF Mate』誌 2017年4月号掲載の「危険予知」を元にした「よもやま話」です
話・長山泰久(大阪大学名誉教授)