《ブラジル》寄稿=ウクライナ戦争の時代に改めて読む=『ビルマの竪琴』上等兵の手紙に感泣=「無数に散らばった同胞の白骨を、そのままにして国に帰ることはできません」=サンパウロ市在住 毛利律子
あの映画の情景はけっして過去の出来事ではない
先日のテレビの国際報道で、ウクライナのある若い女性が次のように発言していた。 「ウクライナで生まれて何不自由なく育った私は、今この戦争を経験するまで、戦争というものがどういうものか全く知らなかった。大きな戦争が突然始まり、日常生活が壊されることがこれほど恐ろしいものか想像もしていなかった。前世紀の恐ろしい出来事を経験した高齢者も、何も語ってくれなかった。なぜ…もっと語ってほしかった」と涙ながらに言った。 それを見ながら、現在もウクライナやガザの戦地には兵士や一般人の死体が累々とする地域があるとの話が頭に蘇り、『ビルマの竪琴』を思い出した。あの映画の情景はけっして過去の出来事ではない、と。 『ビルマの竪琴』を最初に知ったのは、40年以上も前の事であろうか。市川昆監督の映画であった。黄色の僧衣を纏った水島上等兵が青いインコを肩に乗せ、「埴生の宿」と「仰げば尊し」を竪琴で奏でる。その情景と竪琴の響きが心の奥深く残って忘れられない。 今、戦後80年を前にして、多くの戦争の記憶が語られているときに当たり、改めて、この作品を読み返してみた。
野ざらしになった数えきれない日本兵の遺体
作者の竹山道雄(1903~1984)は、銀行員の息子として大阪市に生まれ、幼少期は父の転勤に伴い、1907年から13年まで京城(現在のソウル)で過ごした。評論家、独文学者。1951年に東京大学教授を退官。文筆活動では、シュヴァイツァー、ニーチェ、ゲーテ等の翻訳を手掛け、特に、日本におけるシュヴァイツァーの紹介者としても知られている。 この作品では、水島上等兵の纏う僧衣の黄色・ビルマ僧の肩に止まるインコの青、彼が首から掛けて持ち歩く遺骨箱、その中には大きな赤いルビーが入っていた。日本兵の累々と横たわる白骨など、一つ一つが非常に示唆的で印象的な色彩を以って表現され、加えて、熱帯林に響く竪琴の音色。ビルマ人との心温まるやり取り、水島の礼儀正しい立ち居振る舞いや、隊長や兵士たちの水島に対する愛情深い友情など、思い出すだけでも、胸が熱くなる。 この作品は、戦争児童文学であるが、日本の戦後をたどる上で重要な作品として位置づけられている。 あらすじを要約すると、次の通り。 ビルマの戦場で敗走する日本兵の部隊の中に、音楽学校を出た若い隊長がいた。その隊長は、部下の兵隊たちに合唱を教えていた。歌うことで団結し、時には戦局を切り抜けることもあった。その部隊の中に、水島上等兵がいて、彼は自分でビルマの竪琴に似た楽器を作って器用に伴奏をするのだった。 そんな敗走の中で、ある日部隊は戦争が終わったことを知らされ、降伏する。しかし、現地にはまだ、終戦を知らずに闘っている部隊がいる。そこで水島上等兵が、無意味な戦死を避けるように説得に行くよう命令され、一人でその地に向かう。そして残りの部隊は、南の捕虜収容所に送られることになる。 水島の説得工作は失敗し、彼も負傷し、ビルマの僧に助けられる。傷が直って、水島上等兵はビルマの僧の袈裟を盗んで、僧の格好をしたままで、北から南の収容所まで仲間の部隊に合流するために歩いて出発する。しかし、その途中で、戦死して野ざらしになった惨たらしい、数えきれないほどの日本兵の遺体を目撃する。 水島の帰りを待ち望む捕虜生活の隊員は、インコを肩にする一人のビルマ僧と出会い、皆、水島ではないかと思う。寺院で、ビルマ人の少年の弾く竪琴が水島の音色に似ていて、この演奏は水島でなければできない。少年は水島から習ったはずだ。水島は生きているに違いない、と思うようになる。また僧に化けた脱走兵、旧日本兵が多くいるとのうわさを聞き、水島生存の期待はさらに強くなる。 やがて帰国の日が決まり、ここで最後の合唱の会が開かれているところに、インコを肩にのせた僧が現れた。彼は隊員との最後の別れに、自分の竪琴で「仰げば尊し」を弾いて、部隊の仲間に深々と頭を下げ、姿を消す。隊員たちは鉄条網にしがみついて、大声で、「水島、一緒に帰ろう…」と叫ぶ。 帰国の途につく隊長に渡された水島の手紙には、この地に横たわる日本兵の遺体を見捨てて帰国できない思いが縷々綴られていた。 その手紙を万感の思いを以って読み上げる隊長と、涙ながらに聞きいる隊員たち。 水島の手紙には、彼の前途に待ち受けている大きな覚悟も添えられていた。
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