名前いくつ挙げられますか?太古と現代生物種の架け橋「生きた化石」(上)
浜辺で遭遇したものは、我が愛犬「e-Chi」によると「全て硬い抜け殻だけ」だった。食べられる部分など、まるで残っていない。動く個体は早朝にもかかわらず一つも見あたらない。くんくんと興味深そうに匂いをかいで回る、e-Chiの鼻先を引っかくモノも見当たらない。見慣れた海岸に浮かぶ非日常的な光景。大量の死体に見えなくもない。絶え間なく行き来する潮の流れと動くことを止めた大量の動物(の抜け殻)が、奇妙なコントラストをなしている。 ちなみに日本の大型なカブトガニ(Tachypleus tridentatus)は、北米のもの(Limulus polyphemus)とは別属別種。日本でみつかる個体は全て、現在、天然記念物に指定されている(そのため食べることはできない)。大和本草によると「形大ナレトモ肉少ナシ人食セス」とあるそうだ(食用には向いていないのだろう)。
何百というカブトガニの抜け殻を目の当たりにした。察するところ「脱皮の時期」なのだろう。これだけの数の殻が突然出現するのは、なかなかの壮観だ。どうも夜、潮の引いた間に、堂々と現れては脱ぎ捨てていったようだ。この月明かりの下で催されたイベントは1週間くらいつづき、突然ぷつりと何の知らせもなく途絶えた。まるで近所の町中で行われた祭りの後のような静けさ。 カニという一般の呼称がつけられているカブトガニ。しかし分類学上、カニ・エビ・ヤドカリなどを含む一大グループ「甲殻類(こうかくるい:Crustacea)」ではなく、クモやサソリに近い「鋏角亜門(きょうかくあもん:Chelicerata)」に属す。 そしてカブトガニ目(Xiphosura)の祖先は、古生代前半(デボン紀)(注:さらに古いオルドヴィス紀 の可能性もある)の地層において知られている。今日に至るまで、その独特な一連の体の構造はあまり変わっていない。(生きた化石と呼ばれる所以だ。)そのため、化石標本における判定や識別も比較的簡単に行える。 そしてカブトガニの「生きた化石」としてのクレジットと権利を主張するとき、忘れてはならない重要な事実がある。全てのカブトガニは、進化上「三葉虫とは全く別のグループ」に属するという点だ。(現在、仮説ではなくほぼ事実として認識されている。) 三葉虫はTrilobitomorphaという、独自のグループに分類されている。両者にはいくつか大きな違いが見られる。例えば三葉虫の腹側は、硬い鎧に覆われていないが、カブトガニは全身、完全武装となっている(腹側の写真参照)。三葉虫の多くは発達した目をもっているが、カブトガニは目自体を備えていない。こうした解剖学上の違いは、両グループがたどった歴史(進化)の違いを示している。