名前いくつ挙げられますか?太古と現代生物種の架け橋「生きた化石」(上)
「生きた化石」カブトガニ
初めてこのフレーズ ── 「Living Fossil」 ── を用いた研究者は、チャールズ・ダーウィン(Charles Darwin: 1809-1882)といわれる。その主著(の一つ)「種の起源」において、カモノハシ(注1)や肺魚(注2)の例を挙げて説明を述べている。どちらの動物も、哺乳類と魚類それぞれにおいて、かなり原始的な(=進化上初期の)形態を、いまだにしぶとく備えている。(それこそ老舗の蕎麦屋のスープのように。)18世紀中頃に、こうした進化上の興味深く重要なる現象に一早く目を向けていた、ダーウィンの優れた見識眼には、改めて感服するしかない。 -注1:原獣亜綱(Prototheria)に属するOrnithorhynchus;オーストラリア東部の限られた水辺に一属一種のみ知られている;卵生や独特の平たい口ばしなどの形態から、最も初期の哺乳類のグループに属する現生種の一つ;恐竜が誕生した三畳紀(中生代前半)他の哺乳類の系統から枝分かれしたと考えられている。 -注2:ハイギョ;肉鰭類(Sarcopterygii)肺魚亜綱(Dipnoi)に属す魚。肺や内鼻腔など両生類的な形態をもつ魚;オーストラリアとアフリカ各地の淡水に現在6種だけ知られているが、古生代には多数の種が化石記録において知られている。 さて今回とりあげている、この「生きた化石」および「生きている化石」を述べるきっかけ(のようなもの)。その一つに、つい最近遭遇した私の個人的な体験がある。 私はこの夏から数ヶ月、諸事情により、アメリカ東海岸に位置するマサチューセッツ州のケープコッド(Cape Cod)と呼ばれる場所に、滞在する機会を得ている。大西洋に面し、ボストンなど北米大陸本土からは、運河を挟んで地理的に隔離された半島のような場所だ。周囲を非常にきれいな海岸線で囲まれている。アメリカ人作家ハーマン・メルビル(Herman Melville:1819-1891)の「白鯨」の舞台となった漁港町もある。(「Moby Dick」はシンボルの一つで、イラストやステッカーなどを町中でよく見かける。)夏は観光客でにぎわう避暑地としても北米で有名だ。 私の滞在先のすぐ近くにある(お気に入りの)静かな海岸線を、毎朝犬達を連れて散歩するのが、このところ日課となっている。 9月はじめ頃のある朝のことだ。浜辺に多数の異様な物体が転がっている風景が出現した。何と私の頭くらいの大きさの平ぺったい、丸みを帯びた輪郭のモノが、何百と無造作にちらばっていた。一見、子供の頃に伊勢湾の浜辺で見かけた、大量のくらげの死体のようないでたち。しかし、ここで目にしたものは、黄土色・黄金色かかった、かなり硬質のものだ。そして真新しい鉛筆のようにピンと一直線に伸びた長い尻尾が、いやでも目に入る。一つをおそるおそる手にとって、すぐに(古生物学者である)私にはその正体が分かった。 「カブトガニ!」ただこの海岸で、この日の朝に、これだけの数を突然目撃するとは。夢にも思っていなかった。たとえ生きた太古のアンモナイト(注:約6600万年前の白亜紀末に絶滅)の個体を目にしても、ここまで驚かなかっただろう。