車にもアートにも国境はない|アーティスト、リン・ハイナーさんにインタビュー
真っ白なキャンバスに下書きすることなく、パレットナイフを使って幾重にもアクリル絵の具を塗り重ねていく。ダークな色彩の背景から浮かび上がるように、色鮮やかな車が目に飛び込んでくる。北米を中心に欧州など活躍の場を広げるアーティスト、リン・ハイナーさんが初来日。なぜ彼女は車を描くのだろうか。 【画像】“ポルシェガール”でもあるリン・ハイナーさんと、彼女が描くポルシェ(写真7点) ーーーーー 今年4月に開催されたオートモビルカウンシルの会場の一角に、ひときわ目をひく色鮮やかで立体的で重厚感のある車の絵を展示する特設ギャラリーが用意されていた。飾られていたのは本邦初公開となったアメリカ人女性アーティスト、リン・ハイナーさんの作品の数々。中でもポルシェの作品が多く見える。 「子供の頃から絵を描くことが好きで、ニューヨークのアートスクールに行きました。一方、ポルシェ911でレースをしていた父の影響もあって、車が、特にポルシェが好きになりました。卒業後はレースイベントを運営する会社で10年ほど働いて、結婚、出産を機にいったんは仕事をやめました。でも2012年に大きなケガを負ったことで人生観が変わった。もう一度、絵を描こうと思ったんです」 リンさんは、それは神の啓示だったと振り返る。それまでは写実的な絵を描いてきたが、抽象的で情熱的なものへと変化していった。再びアートと対峙するようになった当時は花を題材とした作品を手掛けていたという。 「あるとき、私が“ポルシェガール”であることを知っている私の作品のコレクターの1人が、オフィス用に自分の愛車を描いてくれないかと言ったんです。偶然にも彼の車がポルシェ911だったのです」 これをきっかけに、車の絵を描くようになる。口づてで評判が広がり2017年には「SEMAショー」にも招聘される。 「ショーには最低 6つの作品が必要だと言われて、あと数ヶ月しかないのに作品は当時まだ3つしかありませんでした。最後の絵はまだ絵の具が乾ききっていない状態で、運搬用の車に積み込みました。私の絵は印象派のような表現で、初めて目にした人には私が何を(どんな技法で、どんな想いを込めて)描いているのか理解してもらえていなかったと思います。それでもなぜかたくさんの人が写真を撮っていたことを覚えています」 数年後の SEMAショーでその絵に衝撃をうけ、長い時間足をとめ一度はブースをはなれたものの脳裏からははなれず、結局は作品を数点買い求めたある日本人がいた。彼女の作品を日本でも広めたいという思いから、いきなり販売代理店になりたいと申し出たという。これまで来日経験はなく、日本向けに作品を販売したことのないリンさんにとっては青天の霹靂だったと話す。「本気なの?って(笑)。でも彼と話してみて、とてもフィーリングがあったんです。作品に対する感情をわかってくれた。やってみようと思ったんです」 リンさんの作品の背景は黒をはじめダークな色合いのものが多い。それは自身がケガであじわった痛みや悲しみ、人生の複雑さをあらわしたものだ。そしてそれと対比するかのような、どこか花火を彷彿とさせる立体的な車のフォルムが浮かび上がってみえる。愛情や情熱やポジティブな感情の発露である。 作品はオリジナルの原画をはじめ、原画をもとにプリントしたものの上にアクリル絵の具を重ねるジークレイ( Giclee)、そしてファインアートと3つの段階がある。いずれも限定数のみ制作されるもので、もちろん1枚しかない原画がもっとも貴重で高価だが、オートモビルカウンシルの会場では、初日からすでに原画をはじめ数枚の絵が売却済となっていた。6月にはポルシェセンターでの展示イベントや、またある百貨店の外商を通じて愛車を描いて欲しいオーナーを募集するなど、日本での活動の幅も広げていく予定だ。 最後にリンさんに日本のコレクターに向けてメッセージをお願いしてみた。 「私は車が好きで、そしてアートが大好きです。私の作品は車への愛情の証なのです。私の絵を購入してくれることは、絵を所有するということだけでなく、心も共有することなのです」 まさにアートは国境を超えるというわけだ。 文:藤野太一 写真:高柳 健 Words:Taichi FUJINO Photography:Ken TAKAYANAGI LYN HINER(リン・ハイナー) ニューヨークのプラットインスティテュートでアートを学ぶ。その後、約 10年間、自動車レース業界でトレードショーマネージャーとして活躍。2012年に大きな怪我を経験したことを契機に若い頃から情熱を傾けていたアートの世界へ戻ることを決める。2017年より車を題材にした絵を手がけるようになりその個性的な作品が話題に。2024年に Lyn Hiner Studios Japanが設立され、日本国内でもオンラインでの購入が可能となった。
Octane Japan 編集部