特別寄稿=言葉は心の顔=日本語学習に奮闘する外国人就労者=サンパウロ在住 毛利律子
社長に向かって「ご苦労様」とは、これいかに
出稼ぎの日系人が社長に「ご苦労様です」と挨拶したら、ムッとされた。 「何が悪いのですか?」 「イヤイヤ、日本人でもこれは難しいのです。おはようございます、だけで良かったと思いますが…」 年上の人が掃除をしている。若い者が「ご苦労様でした」と声をかけるより、「ありがとうございました。お手伝いもせずにすみません」と言うほうがいい。 つまり、特にねぎらいの言葉は、空気を読んで、察して、言葉を選ぶ。なかなかの知能ゲームである、すると、「ああ、日本語は難しい」というが、英語にも、他の言葉にも、そういう状況で使われる言葉はたくさんある。 「敬語は文化の華である」 普段から使い慣れるように学習したいものだ。 他にも、「ご」と「お」の使い分けなど、日本語には気を付けたい規則がある。
言語は耳で覚え「らしく」話す
ある日、作家の田辺聖子さんの夫、カモカのおっちゃんが、「セゾン・ド・ノンノ」という女性雑誌を買ってくるように頼まれた。ところがおっちゃんはその名前を忘れてしまった。そこで本屋の店員に「ドドンドドンド、下さい。」というと、店員はすぐ出してきたという。言語学者にすれば、これは言語学的見地から非常に興味深い点が二つ含まれているらしい。 つまり、おっちゃんは本の名前は忘れたが、「ドドンドドンド」の音の連続は覚えていたということ。そして、それを聞いた本屋が、この音は、この雑誌の題名だということを直感して、言い当てた推測能力だという。 この話は、赤ちゃんが言葉を覚えるときに、母親の声色を聞き分け、周りの人々の発する言葉を掴まえて繰り返すことによって覚えていくように、外国語を学ぶには、正確に話すことへのこだわりより、「らしく」話す発想の転換を教えている。 江戸末期に単身アメリカに渡って英語を習得した漁師、ジョン万次郎の「ホッタイモイジルナ」(What time is it now?何時ですか)という有名な話がある。 カメンサイ(Come inside,おはいりなさい) ごーへー(go ahead、進め) などを「マドロス英語」「車夫英語」と言ってバカにするのではない。言葉は耳を澄まして、「エレガントなごまかし方」をするのが、「らしい言葉を話すことになる」とは、言語学者の力説である。 筆者もこちらでの生活10余年を経たにもかかわらず、いまだに下手な発音、イントネーション、意味不明な言葉を使って恥ずかしい限りである。にもかかわらず、ブラジル人はそういう私の言葉を笑ったり、バカにしたりしない。それどころが、じっと忍耐強く最後まで聞いて、たぶんこの人はこういうことが言いたいのだと予測してくれる。これが北米の東部あたりだと、公衆の面前で発音を何度も言い直させることがある。「アメリカを大嫌いになった」という声をしばしば聴くたびに、ブラジル人の気立ての良さに感心させられ、「らしく」話せるように努力しているところである。
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