感染症の文明史【第3部】地球環境問題と感染拡大 1章 人類が自ら招いた危機:(3)食肉の大量生産システムが生む耐性ウイルス
大量生産の闇
世界のニワトリの飼育羽数はここ数十年で加速度的に増加し、1990年の約110億羽から2022年には約259億羽に達した。このうちの4分の3以上が工場方式で飼育されている。1990年代以降、世界のニワトリの飼育数は途上地域で76%、先進国で23%増加した。例えば、ブラジルに本社を置く世界最大の食肉加工会社 JBS S.Aは、年間44億万羽以上のブロイラーを生産している。 餌は遺伝子組み換えトウモロコシを与え、狭いケージに過密状態で閉じ込めて無理やり太らせる。通常の3倍も重い体は、肉用鶏として極限まで品種改変した姿だ。以前は80日ほど餌を与えていたのが、成長促進剤によって飼育期間を大幅に短縮し40~50日ほどで出荷サイズ(ブロイラーで2.5~3キロ)にして、ベルトコンベヤーで運んで機械で自動的に食肉処理する。スーパー用やファストフード用のブロイラーは、もはや大量生産によってコストを競う「工業製品」である。 極度の過密、不衛生などストレスの多い環境で病気も多い。病原性のウイルスや細菌が侵入したら、大惨事になることは目に見えている。以前にも高病原性鳥インフルが時折発生したが、感染は散発的だった。だが近年、工場生産方式の普及で、鳥インフルの流行による殺処分が桁違いに大規模になった。こうした事態を予防するために、ニワトリにはあらかじめ抗菌剤が与えられる。 米国の科学評論家メアリン・マッケンナは『Big Chicken』の中で、米国では年間1万5400トン以上の抗生物質が、家畜に与えられると述べている。これは、人間が使う量の4倍にもなり、耐性菌・耐性ウイルスを生み出す温床になっているという。WHO(世界保健機関)は耐性菌が世界中で拡大しているとして、再三にわたって抗菌剤の乱用に警鐘を鳴らしている。 2022年現在、世界には約78億4000万頭のブタが飼われている。そのうちの約4割は中国で飼育されているが、最初にメキシコで出現した「新型(豚)インフル」は、進出してきた米国の大手養豚会社が経営する巨大養豚場が発生源だったとみられている。ウシは、15億5500万頭で、最も多いのはブラジルの2億3400万頭だ。ブラジルの場合、熱帯林を切り開いて広大な放牧場を造成しているとして国際的な批判を浴びてきた。「国際動物愛護協会(本部・米国)」によると、食肉用以外に、狩猟、実験用、毛皮生産、殺処分されたペットなどを含めると、年間900億頭を超える動物が人間の手によって殺されている。世界人口の10倍を超える数だ。 しかし、食肉消費量が増えていても、世界の飢餓人口は増加している。国連世界食糧計画(WFP)によると、2022年には世界の飢餓人口が7億3500万人に上り、特に新型コロナのパンデミックの影響もあって、2019年から1億2200万人も増加した。ウクライナ危機によって、食料、燃料、肥料の価格が世界的に高騰し、WFPは貧しい国々ではさらに飢餓人口が増える恐れがあると指摘している。