変わらぬことで生き延びた?進化の奥深さムカシトカゲ「生きた化石」(下)
生物は、環境に応じ、姿を変えて進化していく。ダーウィンが唱えた進化論は、今日わたしたちの常識となっています。ところが、長い年月、初期の姿をとどめたシーラカンスのような「生きた化石」と呼ばれる生物がいます。シーラカンスやカブトガニ、ほかにはどのような生物がいるのか、生きた化石の定義とは何か、前回の連載で紹介しました。 先日、この生きた化石のひとつ、「ムカシトカゲ」(スフェノドン)について、新しい論文が発表されました。古生物学者の池尻武仁博士(米国アラバマ自然史博物館客員研究員・アラバマ大地質科学部講師)が、報告します。 ----------
ムカシトカゲ「スフェノドン」
前回、古生物学における「生きた化石」「生きている化石」という、重要なコンセプトについて説明してみた。いかつい格好をしたシーラカンスという魚や、海岸線に無数に転がるカブトガニ等、いくつかその代表例も紹介してみた。(見逃した方はこちらの記事を参照。) もう一つ生きた化石を語る時に忘れてはならない動物がいる ── 「ムカシトカゲ」だ。この日本語の名前(=和名ともいう)は、なかなか言い得て妙だ。誰がはじめてこの名前を考案したのか、私は知らない。しかし、太古の「昔ながらの特徴を持ったトカゲ」という意味が十分読み取れる。(しかし後述するように、この名前は、分類学上、混乱を招きかねない。) 現地のマオリ語でTuataraと呼ばれ(「背に生えた突起」の意味)、この名前はよく使われる。英語の一般名は「sphenodon」で、「スフェノドン」と発音する。これは正式な学術名Sphenodonから直接派生している。(ちなみにスフェノドンは、日本の定食屋の丼物とは当然何の関係もない。) 現在一属一種(S. punctatus)のみが、ニュージーランドの非常に限られた地域(離島)に細々と生息している。本土の個体は200年くらい前に絶滅したと考えられている。以前にもう一つ別の種「S. gunteri」も1877年に記載された。体長は約80cmまでに成長する。しかし新陳代謝はかなり低めで、成体になるまでに10―20年くらいかかる。 食性は昆虫がメインだが、小型の爬虫類や鳥などの卵を食べることもあるそうだ。基本的に夜行性で、(成体は特に)木の上でなく地上で生活する。メスは4年くらいに一度しか産卵しないそうだ(多くのトカゲやヘビの種と比べて少ない頻度だ)。 さて、このスフェノドンの爬虫類における分類学上のポジションは ── 今回の記事のハイライトとして ── 非常に重要だ。スフェノドンはより広義な大きなグループ「ムカシトカゲ目(Sphenodontia)」に、現在分類されている。この事実はシンプルに素通りできない、非常に重要な点だ。(牛丼と称す料理に「チキンか豚肉が使われていないがどうか」といった国際問題にさえ発展しかねないほどの一大トピックだ。) 第一にその分類に注目していただきたい。「目(=Order)レベル」という大きなグループに分類されているものは、現生の爬虫類の中で、スフェノドン(属)だけしかいない。一方、化石記録を見渡せば、このスフェノドン目に属す種は、特に中生代前半に世界各地から実に多数知られている。(注:こちらのPalaeosのサイトにこうした化石のイメージがいくつかある。) もう一つの重要な点は、その近縁関係だ。ムカシトカゲ目は、一般によく見かける(または広く知られている)トカゲの仲間 ── 例えばカメレオンやイグアナ、ヤモリ、スキンク、オオトカゲ等 ── のグループ(=有鱗目Squamata)とは、全く別のものだ。(ちなみにヘビもこの一大グループに含まれる)。進化上、ムカシトカゲ目と有鱗目の両グループは、中生代前半に「枝分かれ」し、今日に至るまで独自の道筋を歩んできたと一般に考えられている。 つまりスフェノドンは、簡単にトカゲと呼んでは、大きな「誤解を招く」恐れのあるグループの爬虫類なのだ。(この問題を解決するには、どなたか博識があり勇敢な研究者が「スフェノ丼」という呼び名を提唱するしかないだろう。) そしてもう一つ「生きた化石」スフェノドンに隠された、興味深い事実がある。解剖学的な特徴を詳しく見てみると、いくつもジュラ紀などの化石種と似た形質が、現生のニュージーランドの種において確認できる。 例えば、頭骨の大きな穴の数と位置(注:同じような完全な「双弓類型タイプ(diapsid type)の頭骨」は、2億年前ほどの化石種に共通して見られる)は見逃せない。「第三の目」と呼ばれる特殊な感覚器官(のようなもの)も持っている(注:目と目の間で頭骨のてっぺんあたりにある小さな穴がこれにあたる)。その一生の間、歯は(トカゲなどと異なり)生え変わることがない(2億年もの間、歯医者にも行かずに生き延びてきた)。背骨の形は、トカゲやヘビというより、両生類や魚などのものにより似ている。 こうした三畳紀やジュラ紀の種に共通して見られる初期の形態 ── そのほとんどが現生の爬虫類種には失われている ── をたくさんそなえた、とてもクールなスフェノ丼 ── 否、「スフェノドン」。(あえてムカシトカゲの名誉のためにいわせていただく。古脊椎動物研究者にとっては、爬虫類の進化パターンを探るために、格好の研究対象だ。私のオフィスにも頭骨の精巧な模型がある。ムカシトカゲさまさま。実に貴重な存在だ。) スフェノドンは「生きた化石」の称号を得るにふさわしいと言えないだろうか。