小説家・吉村昭「最も気持が安まるのは書斎」遺言通りに、骨壺は書斎に置いて。妻・津村節子の家には、今も夫婦の歯ブラシ2本が並ぶ
◆吉村の姿の正体は その姿の正体はコンクリートの電信柱で、吉村の背丈の位置に「通学路」と書かれた文字が、眼鏡をかけた吉村の顔に見えたのだった。 長女は最初気の迷いだと言っていたが、しばらくしてから血相を変えて「お父さん、立ってたわ」と。正体がわかってもなお、同じ電信柱を見た長女の目にも吉村の姿が映ったのだった。 孫も顔色を変えて、「じいじがいた」と泣いた。 死んだら無、ではないのだろう。 長女一家との二世帯住宅の津村側の表札は、「津村 吉村」となっている。その洗面所のコップには、吉村と津村の歯ブラシが2本並んでいる。 ※本稿は、『吉村昭と津村節子――波瀾万丈おしどり夫婦』(新潮社)の一部を再編集したものです
谷口桂子