批判もある「調味料入りの出汁」は日本の食文化に大きな影響を与えている…出汁ブームがくり返し起きる「意外な背景」
出汁ブームは歓迎される現象ではない?
しかしそれは同時に、全国的に出汁をベースにした家庭料理が広まっていくことでもあった。さらに、調味料入りの合わせ出汁は、味が強く出る傾向がある。出汁パックには、調味料入りと出汁素材のみの2種類がある。 にんべんは調味料なしで合わせ出汁のパックを作る。同社の高津伊兵衛社長が出した『「だし」再発見のブランド戦略』(PHP研究所)は、鰹節出汁には、320種類以上の香り成分が含まれているが、「うま味調味料は純粋なうま味成分だけで作られているので、味が強すぎるという問題も抱えています。うま味調味料の味を『おいしい』と感じてしまうと、食品素材から引いただしでは、うま味が弱く、もの足りないと感じるようになってしまうことが懸念されます」、と批判している。 また、「うま味調味料無添加」「うま味調味料不使用」を謳っていても、うま味成分を工業的に生成した「酵母エキス」や「たん白加水分解物」を使っていれば、「一般的な食品素材と比べると一〇倍ぐらいのうま味成分を含んでいます」、と指摘している。 食材から出る旨味を活用するレシピを発信するスープ作家、有賀薫が出した『有賀薫のだしらぼ』(誠文堂新光社)は、食材の味を生かしたい場合、調味料入りの市販出汁は「商品が推奨する使用量の1/3から1/4ぐらいの量を使う」ことから始め、好みで調整するよう推奨する。有賀が読者やファンから寄せられる悩みには、全部出汁味になってしまう、というものが少なくないからである。 出汁素材を日常的に使って料理する人には、市販されている調味料入り合わせ出汁は味が強いと感じられるかもしれない。一方で、高津が心配するように合わせ調味料の味に慣れた人たちは、出汁素材と基礎調味料を組み合わせた料理は、味が薄いように感じられるかもしれない。そして、醤油や味噌の消費が減り続ける現状では、合わせ調味料、調味料入りの合わせ出汁を使う人たちのほうが多数派である。 出汁の味が病みつきになるのであれば、強い味の出汁に慣れれば慣れるほど、薄味や自然な出汁の味が物足りなくなるだろう。そうなると、塩分を摂り過ぎるリスクがあるのだろうか。出汁の摂り過ぎに弊害はないのか。そうだとすれば、出汁ブームも必ずしも歓迎される現象ではないのかもしれない。しかし、出汁を大量に使って糖分や油脂の摂取を抑えられるのであれば、生活習慣病の予防にもつながると言える。 いずれにせよ、こうした調味料、合わせ出汁の隆盛は、水質によって旨味の抽出しやすさが変わる昆布や、好き嫌いが分かれる鰹節や煮干し、あご出汁などがつかめなかった人たちをも、出汁好きにしたと言える。 また、スパイスカレーだけでなく、くり返しブームが起きるラーメンも、どんな出汁を使うかで流行の様相が変わる。ラーメンの料理人たちが苦心するのも、出汁の取り方である場合が多い。 外国料理を日本化していく際に、日本人が使う技法はもしかすると、出汁をカスタマイズすることかもしれない。であれば、出汁は家庭料理から和食の存在が薄れても、日本の食文化には欠かせないと言えるのではないだろうか。
阿古 真理(くらし文化研究所主宰・作家・生活史研究家)