批判もある「調味料入りの出汁」は日本の食文化に大きな影響を与えている…出汁ブームがくり返し起きる「意外な背景」
誤解や幻想が多い日本の出汁文化
出汁ブームが続いている。スーパーや食のセレクトショップには、昆布や鰹節、煮干し、シイタケといった出汁素材はもちろん、顆粒や不織布の袋入りなど、さまざまな種類の出汁が並ぶ。コロナ禍でブームになった白だしも、鰹節や昆布の出汁に白醤油や砂糖などを加えた合わせ調味料。ここ数年ブームが続くスパイスカレーも、出汁を利かせている。また、冬に店頭で大量に並ぶ液状の鍋の素も、出汁がベースになっている。 【写真】イギリスで日本の「カツカレー」が“国民食”になっている驚きの理由 和食や家庭料理の衰退を憂える声が大きくなって十数年。このブームは、和食文化の再興なのか、それとも憂うべき変容なのか。改めて考えてみたい。 前提として、誤解や幻想が多い日本の出汁文化について、整理しておこう。 日本の家庭料理は、お母さんが朝早く起きて割烹着で鰹節をかいて「おみおつけ」を作る習慣に支えられるべき、という話を聞くことがある。しかし、実際にそうした生活をしていたのは、太平洋戦争時を除く大正時代から昭和半ば頃までの、東京を中心にした鰹節出汁文化圏の中流家庭だけだった。当時の中流家庭は1割にも満たないのだから、実は限られた人たちだった。イメージの発信者たちが、その文化圏に属していたというだけである。 もう一つの誤解は、出汁は、昆布を大鍋の水に漬けて火にかけ、これまた大量の鰹節を投入して作るべき、というイメージ。テレビで時折見かけるその作業を行っているのは、料亭などの料理人であって、家庭の台所の担い手ではない。 そもそもカツオ昆布の出汁を日常的に使っていた家庭自体、全国区ではない。 兵庫県の瀬戸内海沿岸地域に育った私が、日常的にいただいていた和の出汁は、煮干しまたはほんだしで、なべ物の際は昆布だった。このように、親しんできた出汁はおそらく、家庭によって地域によって異なる。出汁自体あまり日常的にはとらなかった家庭もあるだろう。出汁素材の分布に地域性があったからだ。瀬戸内海沿岸地域は、イワシ類が豊富に獲れることもあり、煮干し出汁が発達してきた。少し前にブームになったアゴ出汁は、福岡県が中心だ。千葉県や静岡県などのカツオ漁が活発な地域が近い関東は鰹節出汁。そして、江戸時代に北前船の寄港地だった地域は、昆布が身近だった。