昔は経血の処置、どうしてた?「生理用ナプキン」が登場するまで
■1961年、ついに使い捨てナプキンが誕生 ――今私たちが使っているような生理用ナプキンは、いつ登場したのでしょう? 田中先生:使い捨て生理用ナプキンを発売したのは、当時27歳の坂井泰子さんです。 日本女子大学を卒業後、すぐに結婚し、数年は専業主婦をしていた泰子さんは、次第に仕事をしたいと思うようになります。そんなときに「日本の特許出願件数は世界一だが、事業化されることが少ないため、優秀な考案でも埋もれてしまうことが多い」という新聞記事を目にし、発明家と企業の仲介をする仕事を始めました。 こうして寄せられた考案のなかに、「経血処置に使った脱脂綿が水洗トイレに詰まらないように、排水溝に網を張る」という考案がありました。それを見た泰子さんは、水に流せる生理用品を作ればいいのではないかと考えました。そうして誕生したのが、水洗トイレに流せる紙綿製の『アンネナプキン』でした。現在普及している使い捨てナプキンの原型と言えるでしょう。 『アンネナプキン』は、「40年間お待たせしました!」のセンセーショナルな広告や、菓子箱のようなパッケージが女性たちの心をつかみ、大ヒット商品となります。続いて、「ユニ・チャーム」や「花王」が生理用品市場に参入しました。生理用ナプキンを製造するための技術が発展することで、赤ちゃん用のおむつも改良されました。女性の社会進出に伴い、市場はますます拡大。各社がしのぎを削り、より快適な商品が次々と発売されるようになりました。 1993年に「アンネ社」は他社に吸収合併されてしまいますが、坂井泰子さんの「女性の生活をもっと便利に快適に」という思いは、今日の生理用品にも受け継がれていると思います。 歴史社会学者 田中ひかる 1970年、東京都生まれ。女性に関するテーマを中心に、執筆・講演活動を行う。著書に『明治を生きた男装の女医 高橋瑞物語』(中央公論新社)、『生理用品の社会史』(角川ソフィア文庫)、『「毒婦」和歌山カレー事件20年目の真実』(ビジネス社)、『明治のナイチンゲール 大関和物語』(中央公論新社)などがある。 イラスト/minomi 取材・文/中西彩乃 企画・構成/木村美紀(yoi)
『生理用品の社会史』(角川ソフィア文庫)