「成長物語がしんどい時もある」『後宮の烏』原作者・白川紺子が新作で描く、不完全な自分を受け止める方法【インタビュー】
――琬圭もまた、家族のなかでは厄介者のような扱いを受けてきたからこそ、小寧に寄り添い、救うことができるというのが、いいですよね。龍女であり人でもあるということは、半端なのではなく、どちらの力も併せ持つのだと……その言葉は、自分には特別秀でたものが何もないと思ってしまう、私たちの心も救ってくれる気がします。 白川:私自身があんまりできた人間ではない自覚があるので、一途に頑張って成長する物語に触れると、しんどくなるときがあるんです。理想が高いぶん、追いつけない自分が情けなくて、足りない自分に悔しくなって。大人になるって、言葉は悪いですけど、身の程を知ることでもあるじゃないですか。自分にできることとできないことを見極め、等身大の自分を受け止めていくことができて、初めて自己肯定感を高めることができる。 小寧は、自分が完璧な龍にはなれないことにとらわれ、できないことにばかり目が向いていたけれど、琬圭との出会いによって、そういう自分だからこそできることがあるのだと自信をもてるようになったらいいな、と思いました。 ――その、自信をもつための過程、琬圭との距離が近づいていくきっかけが、わりとおそろしい幽鬼にまつわる事件というのも、いいですよね。 白川:自分としては、あんまり怖くならなかったな、と思っているんですけど(笑)。悪人を書くのもあまり得意ではないのですが、生と死の境界を描くのが好きなんです。妖怪だと別の生き物になってしまうので、また話は変わってくるのですが、小寧が龍と人のはざまに立つ存在であるのと同じように、人であるのに人じゃないというところに惹かれるんだと思います。 ――人としての人格を残しながら、幽鬼としての性のように人を襲う。何かが欠けてしまった、あるいは変容してしまった感じが、読んでいて切なかったです。一方で、琬圭たちの協力者となる蘭芳という、カラッとした性格の幽鬼もいるわけですが。 白川:恨みが強くてもするっと成仏する人もいるだろうし、うっかり事故死してしまっただけなのに、意識が残り続けて怨霊のようになってしまう人もいる。どちらに転ぶのか、明確な理由がないほうがいいなと思いながら書いていました。 私の身内に、レビー小体型認知症を患っている人がいて、幻覚や幻聴に襲われ、攻撃的になって、もともとの性格からは考えられない行動に出るんです。まさに、何かにとり憑かれたようで、自分もいずれそうならないとは言い切れない怖さがあるんですよね。 ――人にせよ、龍にせよ、望んだとおりには生きられないのだということが、本作ではさまざまなかたちで、浮かびあがっていた気がします。一方で、蘭芳が未練を残す女性と、姿が見えないはずなのに今も通じあっていることがわかる描写にも切なくなりました。 白川:暗殺者である蘭芳の設定は、参考文献を読んでいて思いつきました。唐の時代には、暗殺を生業にする若者を詠んだ詩が多いんですね。いつ死ぬともわからないから、稼いだお金は勢いよく使ってしまう。お酒を飲んで、妓楼に行って、また暗殺をしての繰り返し。刹那的な生き方をしているからこそ、妓楼の女性と心を通わせることもあったかもしれないなと。女性に蘭芳の姿は見えないけれど、生と死の境目を越えて繋がりあうものがある、というのも書けてよかったと思います。
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