英国が陥った袋小路、EU離脱問題の経緯を振り返る
離脱派から不満が噴出し混迷
EUとの交渉が難航するなか、イギリス政府には「過度な要求をできない」という判断が働き始めました。イギリス政府が2018年7月に発表した、離脱方針を示した白書は、それを象徴します。 この白書では、離脱にともなうダメージを抑える内容が目立ちました。例えば、医薬品や航空関連などの貿易に関しては、EUの規則に従い、必要な費用を負担することも認められました。また、金融サービスの分野では、EU規則と同等とみなした場合にのみEU域内で事業を認める「同等性評価」の改善をEUに求めるとされましたが、全体として交渉の成立を優先させるため、EU側が受け入れやすい内容になったといえます。 しかし、それは強硬に離脱を主張する人々には「EUと妥協した」と映ります。その結果、この白書を「ソフトすぎる」と批判してデービス離脱担当相やジョンソン外相が相次いで辞任。離脱派や保守党のなかでも意見の不一致があらわになり始めました。それにともない、野党からはメイ首相の指導力の不足への批判や、国民投票のやり直しの要求なども噴出し、混迷を深めることになったのです。 これはEU域外の国の懸念をも大きくしました。何も決まらないまま離脱期限がくれば、イギリスとEUの間のヒト、モノ、カネの移動が大混乱に陥ると予想されたからです。メイ首相は「合意なき離脱」を避けなければならないという懸念を逆手にとり、「いったん始まった離脱交渉をやめる方がダメージは大きい」と強調することで、反対を押し切りながら離脱交渉を続けました。
アイルランド問題でさらに混迷
ところが、イギリスの混迷は、2018年11月にイギリス政府がEU加盟国との間で離脱条件に合意したことで、さらに拍車がかかりました。その合意内容の主な点を挙げると、 ・モノの貿易については「野心的で広範囲な、バランスのとれた経済パートナーシップを目指す」(具体的な方式については不明) ・金融サービスに関しては同等性評価の仕組みを相互に導入する(これによってイギリスの金融機関は日本やアメリカのそれと同じく、EU域内では「第三国」として扱われるため、これまでよりアクセスが制限される) ・少なくとも390億ポンド(約5兆7000億円)と見込まれる「清算金」をイギリスがEUに支払う ・これまでの「完全な自由移動」は終結するが、イギリス在住EU市民とEU在住イギリス国民はそれぞれ居住や社会保障の権利を保持できる メイ首相は「最善で唯一可能な合意」と強調し、EUも納得しましたが、この離脱条件は保守党内部の亀裂を決定的にしました。とりわけ問題になったのが、EUとの協議でも難航したアイルランドとの国境問題でした。 イギリスの北アイルランドとアイルランド(共和国)の間は、イギリスとEUが唯一陸路で隣接しており、これまでは自由に往来できました。ここでの出入国管理に関しては2020年末までイギリスとEUの協議が継続することになりましたが、期限までにまとまらなかった場合、「双方の間に単一関税区域」を設置する「バックストップ(防御策)」が導入されると定められました。 この離脱条件のうち、単一関税区域とは、現在のEUで採用されている、共通の関税を域外に設置する「関税同盟」が一時的とはいえ存続することを意味します。そのため、バックストップが発動すれば、北アイルランドはイギリスの他の地域よりEUと強く結ばれ、EUのルールや規制に足並みを揃えることになります。しかも、イギリスは勝手にバックストップを離脱できず、EUとの協議が必要になります。 EUとの結びつきが強く残るこの条件に離脱派は反発。離脱協定の発効にはイギリス議会の合意が必要ですが、2019年1月15日の採決では保守党からも118人の議員が反対に回り、賛成202票対反対432票の歴史的大差でこの離脱協定案は否決されたのです。その後、修正された協定案が提出され、政府は保守党議員の説得に努めましたが、3月12日に再び行われた採決では賛成242票対反対391票で否決される事態となりました。