天然の接着剤 工芸品から医療まで用途が広がる【今に息づく 和の伝統】
「今に息づく 和の伝統」の第3回は、生物由来の素材による接着をクローズアップする。日本では昔から壊れた陶磁器などの破片を接着する金継ぎに樹液由来の漆が用いられてきた。この漆がどのようにして接着剤となるかを探るとともに、別の生物由来の接着剤であるニカワの最新研究を追った。
金継ぎでの接着剤は漆
賑やかな東京の下町の一角、漆専門店の播与漆行(はりよしっこう)が主宰する金継ぎ教室では、十数人の受講生が欠けたり割れたりした食器や茶器を手にしていた。「金」継ぎというのに、金を手元に置いた人はごくわずか。破片に竹ベラで漆を塗っていたり、漆と粉をヘラで練っていたりと、漆を扱う人が多い。実は、陶磁器の破片をくっつけるのは金ではなく漆なのだ。 播与漆行は漆芸教室を60年以上続けていて、金継ぎに特化したクラスを開講したのは2006年のことだ。漆による接着は縄文時代にさかのぼるともされ、茶の湯が発展した戦国時代から江戸時代にかけて金継ぎの技術が誕生したとみられる。金継ぎは複数の工程に分けて漆を塗り重ねることが必要で、各工程で漆を乾かすのに数週間かかることもある。「すぐに完成しないからこそ、慌ただしい現代社会においては魅力に感じられるのかもしれません」と同社代表取締役の箕浦和男さんは微笑む。
破片がくっつく鍵は重合反応
漆はウルシという落葉樹の幹を傷つけてそこからしみ出す樹液を集めたものだ。主成分はウルシオールという樹脂分。もともとはとろりとした液体だが、高温多湿の環境でウルシオールに含まれるラッカーゼという酵素が働き、空気中の水分から取り込んだ酸素とウルシオールとの酸化反応によってウルシオールが高分子樹脂に変化する。このように複数の分子が結合して分子量の大きな化合物をつくることを重合反応(じゅうごうはんのう)と呼び、それによってまるで漆が乾くかのように液体だった漆が硬化する。
陶磁器の接着はこの反応を利用する。土を焼き固めた陶磁器は内部に細かい穴を多く含む多孔性物質で、破片の断面はザラザラしており、漆を塗ると表面に出た小さな穴に液体状の漆が入り込む。時間がたつと漆は固まり、ミクロなレベルで破片と漆が物理的に食いつく。