天然の接着剤 工芸品から医療まで用途が広がる【今に息づく 和の伝統】
そして今、田口さんはニカワを精製して純度を上げたゼラチンを使った医療用接着剤の研究を進めている。医療用接着剤とは外科手術において血管の破れや臓器に空いた穴をふさぐために使われるもので、その肝となるのがスケソウダラの皮から抽出したゼラチンである。
生体由来の医療用接着剤には、すでにブタから抽出したゼラチンで作られたものが存在していたが、ブタ由来のゼラチンは常温でゲル化する。実際に外科手術の現場で使用する際にはいったん加熱する手間がかかるため、緊急手術では使い勝手がよくなかった。田口さんは「常温でもゲル化しないゼラチンを探し求めて、魚のスケソウダラにたどり着きました」と語る。
生物由来の接着剤はメリット大
田口さんはスケソウダラ由来の医療用接着剤の実用化に向けて研究に取り組んでおり、「今後3年以内で実用化にこぎつけたい」と意気込んでいる。そのメリットはコストがかなり抑えられること。化学合成したものよりも1000分の1、1万分の1くらいのコストで接着剤をつくることができる。スケソウダラは身や卵、白子、油などが食品や加工品として利用されているが、骨や皮はほとんど廃棄されている。加工後の廃棄される部分が接着剤になるので、資源の無駄もない。
伝統工芸である金継ぎに使われる漆、日進月歩の医療分野での応用が期待されるニカワ。私たちの暮らしを豊かで安全なものにする、生物由来の接着剤の可能性は計り知れない。
プロフィール
箕浦 和男 株式会社播与漆行 代表取締役 播与漆行の6代目当主で、一般社団法人日本漆工協会理事、全国漆業連合会副会長などを歴任。漆アドバイザーとして漆文化の継承、振興に尽力する。
松田 環 漆芸家 東京藝術大学大学院美術研究科漆芸専攻修了。修了作品がNippon Paint Good Luck Award 受賞。播与漆工芸教室では金継ぎの専門クラスを担当。天然漆を使い日本古来の手法で器を美しくリユースする作品作りの楽しさを伝える。
田口 哲志 物質・材料研究機構 高分子・バイオ材料研究センター バイオ材料分野 バイオポリマーグループ グループリーダー 鹿児島大学大学院理工学研究科博士後期課程修了。博士(工学)。2002年に物質・材料研究機構に入所し、2023年4月より現職。日本接着学会理事、2022年日本接着学会賞、2010年つくば奨励賞、2008年文部科学大臣表彰 若手科学者賞他。