天然の接着剤 工芸品から医療まで用途が広がる【今に息づく 和の伝統】
漆の乾燥には湿度が必要?
漆を使った接着や補修では、漆が乾燥することで破損部分をしっかりと固定・補填する。一般的に「乾燥」と言えば高温・低湿の環境下で進むものだが、漆の場合は高湿度(60~80パーセント)と一定温度(20~30度)内である必要があり、温度が40度を超えると乾かなくなる。
播与漆行の金継ぎ教室では壁の棚が「漆風呂」という乾燥の場となっており、修復途中の受講生の器がたくさん並んでいる。漆風呂は温度20~30度・湿度60~80パーセントに保った「湿し(むし)風呂」と、常温常湿のままの「空(から)風呂」の2つに分かれており、どちらを使うかは工程によって異なる。「トレイの底に濡れタオルを敷いたり、霧吹きで水をかけたり、カーテンで覆ったりして湿度を調整しています」と松田さん。
「水分の蒸発によって起こる通常の乾燥とはメカニズムが違うのです。科学的に話すと難しいですね」と、箕浦さんは横で笑いながら「もっとややこしくなりますが、漆は40度を超えると乾かない一方で、実は100度超の高温では乾くという、一見すると矛盾した特性も併せ持っています」と続けた。金継ぎ教室ではこの特性を利用し、電気炉を使って漆を強制乾燥させて時間短縮を図っている。
このメカニズムについて、生物由来の物質による接着に詳しい物質・材料研究機構バイオポリマーグループリーダーの田口哲志さんは「ウルシオールの分子構造はカテコール基を含んでいます。100度超の高温では、カテコール基に含まれる水素原子(H)と水酸基(OH)が離脱し、分子と分子が新たな化合物をつくる脱水縮合が起きている可能性があります」と話す。
ニカワも古くからの接着剤
金継ぎでは漆を接着剤として使うが、ニカワも古くから絵画をはじめ建造物や工芸品、楽器などを接着するのに使用されてきた。動物の皮や骨、爪を煮出した液体を分離、冷却、乾燥させてつくる。水につけて加熱して溶かして使う接着剤として、長く利用されてきた。高温では液体のように振る舞う一方で低温になるとゲル(ゼリー)状になる性質を使い、漆と同じようにくっつけたいものを物理的に食いつかせるのだ。