「配偶者」というだけでは、「腎移植のドナー」になれない…多くの人が知らない、ドナーになるための「厳しい条件」
「私たちは必死に生きた。しかし、どう死ねばよいのか、それが分からなかった」 なぜ、透析患者は「安らかな死」を迎えることができないのか? どうして、がん患者以外は「緩和ケア」を受けることさえできないのか? 【写真】腎移植の「待機期間」は14年以上も…透析患者が「孤独」になる理由 10年以上におよぶ血液透析、腎移植、再透析の末、透析を止める決断をした夫(林新氏)。その壮絶な最期を看取った著者が記す、息をのむ医療ノンフィクション、『透析を止めた日』(堀川惠子著)が刊行された。 『透析を止めた日』は、これから透析をする可能性のある人、すでに透析を受けている人、腎臓移植をした人、透析を終える時期が見えてきた人だけでなく、日本の医療全般にかかわる必読の書だ。 本記事では、〈腎移植の「待機期間」は14年以上も…透析患者が「孤独」になる「納得の理由」〉につづき、腎移植のドナーの資格について見ていく。 ※本記事は堀川惠子『透析を止めた日』より抜粋・編集したものです。
ドナーの資格
この日から実際の移植手術まで、話はかなりのスピードで進んでいく。 透析クリニックから紹介されたのは、透析医の母校である慶應義塾大学病院(以下、慶應病院)。慶應大学は彼の母校という縁もあったし、同じ渋谷のクリニックの患者さんで、慶應病院で移植手術を受けて成功した人もいて印象は悪くなかった。 林は慶應病院に出向き、血液検査や診察を行い、病院の移植コーディネーターと面会し、移植希望登録を済ませた。そして、自宅に帰ってきた日のことだ。 「やっぱり惠子の腎臓はもらえないよ」 まだドナー検査もしていないのに、なぜそんなことを言い出すのか。 「移植ってさ、臓器売買とか色んな事件が起きているだろう。だから法的に夫婦でない関係ではドナーになれないらしい」 そそっかしい私は移植の生着率ばかりを気にして、もっとも大事なドナーの資格について調べることを忘れていた。 加えて、林の口から「夫婦」という言葉が出てきて、狼狽した。これまで自分の未来に結婚という選択肢はなかった。すべてに仕事を優先した。「俺の弔辞を読んでほしい」という、林らしいプロポーズもされていたが、私は結論を先送りにしていた。 しかし、今のままでは不測の事態が起きたとき、病院からの連絡は「他人」である私には入らない。腎移植についても、原則ドナーとして認められるのは、血縁者では6親等以内。非血縁者では配偶者と姻族(配偶者の血族など)3親等以内と定められている。林の命がかかる今、独身主義とか夫婦別姓とか理屈をこねている場合ではなくなった。私が旧姓を使い続けることを前提に、近いうちに入籍することに決めた。 この時期の慶應病院は、腎移植にとても積極的だった。移植希望者に配られるパンフレットの表紙には、泌尿器科の外科医の顔のイラストがドンと描かれていて、やる気満々という感じ。林のケースも、手術までに入籍する前提でどんどん進んだ。 「林さんの血管は透析でかなり傷んでいます。少しでも早く移植をしたほうがいい。順調にいけばひと月で退院できます。もちろん副甲状腺の手術もしないですみます」 主治医の自信に満ちた言葉も、彼の背を押したようだった。あとから考えれば、そんな順調にばかり進むはずはないのだけど。 ところが、移植の可否を判断する学内の倫理委員会に話が進む直前になって、またもストップがかかった。ドナーになる条件=配偶者は、入籍するだけではだめだというのだ。臓器売買を目的とする偽装結婚を防止するため、「結婚して3年以上の夫婦」という、さらなるハードルが設けられているという。 ここからは主治医のほうが前のめりになってきた。 林には2歳下の弟がいた。医師の説明によると、移植の条件でもっとも重要な抗原の型=HLA型(ヒト白血球型抗原)が一致するのは1万人に1人の確率で、他人ではほぼ合わないが、兄弟間では4人に1人の確率で適合する。その場合、拒絶反応の起きる可能性は低い。さらに腎臓の大きさは体格に比例するので、一般に女性から男性への移植に比べると、男性から男性のほうが予後は良い。一度、弟さんと話し合いをされたらどうかと重ねて提案してきた。 しかし林と弟は、成人してからは近しい間柄ではなかった。林は、医師の勧めに戸惑った。事情を知った林の両親が、弟側に移植の話を持ちかけてみたというが、快い返事は得られなかったと伝え聞いた。もちろん両親が本当に尋ねてみたかどうかすら、今でも分からない。 もし弟が断ったとしても、それは仕方のないことだ。健康な体を傷つけ、臓器を摘出する以上、リスクはある。腎臓は2つあるから1つ無くなっても支障はないとされるが、2つのエンジンが1つになるのだから心配するのは当然で、養うべき家族を抱えていればなおのことだ。ドナーに対する長期の追跡調査も十分でなく、最近では移植後に透析に至るドナーがいることも少数ながら報告されている。 私たちは当面、移植手術を延期せざるをえない現実を受け入れた。