南海トラフ地震 「臨時情報」空振りも地震対策強化につなげる姿勢が肝心
近い将来の発生が予測されている南海トラフ巨大地震。この地震の前兆と考えられるような現象が起きて「臨時情報」が出された場合に、社会が取るべき対応について考える政府・中央防災会議の作業部会が11日開かれ、報告書の最終案が示された。想定震源域の東半分(あるいは西半分)でマグニチュード(M)8クラスの地震が起きた場合(半割れケース)、一部地域の住民は、さらに巨大な地震が続いて発生することに備えて1週間程度避難し、それ以外の住民も地震に対する警戒のレベルを上げることなどが盛り込まれた。 なぜ危険が迫っても逃げないのか 平成30年7月豪雨の検証を 国が南海トラフ地震の一部である東海地震について、地震予知をベースとした対策を取ることを断念してから1年余り。首相が警戒宣言を出して住民生活や企業活動を制限するしくみは事実上なくなったが、それでもなお、地震学という科学的知見を防災に生かすことは重要であるとして、話し合いが進められてきた。 世界の事例から、M8クラスの地震が起きてから1週間以内に隣り合う領域で同規模以上の地震が発生する頻度は10数回に1回程度だという。政府の地震調査研究推進本部が発表する30年以内に70~80%という確率を1週間以内に換算すると1000回に1回程度になる。これに比べれば、臨時情報が出た時の地震発生の確率は桁違いに高い状態にあるといえるが、それでも曖昧な情報であることは間違いない。この曖昧な情報を社会として有効に活用するためには、臨時情報が出た時の対応ばかりを考えるのではなく、日常の地震対策を細部まで見直し、必要な部分を強化する必要がある。また、その際には、行政だけでなく住民や企業などが主体的にかかわっていくことが求められる。
南海トラフ地震は突然に…が基本
南海トラフは日本列島がある大陸のプレートの下に、海洋プレートのフィリピン海プレートが沈み込んでいる場所。フィリピン海プレートの沈み込みに伴って、2つのプレートの境界にはひずみが蓄積されており、100~200年程度に1回の間隔で、ひずみを解放する大地震が発生すると考えられている。最も近い時期にあったのは、1944年昭和東南海地震・1946年昭和南海地震で、その前は1854年の安政東海地震・安政南海地震。これらはいずれも震源域の東側の領域で地震が発生した後、昭和は2年後、安政は32時間後に西側で地震が発生したが、それより前の宝永地震(1707)は東側と西側がほぼ同時に破壊された連動型の地震だったことが知られている。 今回、1週間程度避難することが決められた前述の半割れケースは、昭和、安政の地震に相当する。となると、残る半分の地域でも地震が起きる可能性は非常に高いと考えられるだろう。しかし、現在の科学的知見では、それがいつになるのか、ということは分からず、普段より可能性が高いということしか言えないのが現状で、次の地震が1週間を超えた後に突発的にやってくることは十分考えられる。また、宝永地震のように南海トラフの震源域の大部分を一気に破壊するような地震の場合は、何の前兆現象もないまま、突発的に発生する可能性は高い。 臨時情報は半割れケースだけでなく、震源域の一部でM7クラスの地震が起きた「一部割れ」ケースや、プレート境界面でこれまでに観測されたことがないような規模で体に感じないような地震が起きる「ゆっくりすべり」が見られたケースにも出されることになっている。ただ、これらはいずれも南海トラフの領域で過去に確認されたことはなく、大地震の前に必ずある現象とはとても言えない。 何より、半割れの場合であっても、最初の半分を襲う大地震は突発的に起きる可能性が高いことを踏まえると、臨時情報に頼らずに、突発的に起きると考えて平時から備えておくことが基本になることは忘れてはいけないだろう。