慶應卒なのに「職歴なし45歳」…バイト面接では学歴を疑われる芸人が、虚栄心と嫉妬にまみれた男女の顛末に思うこと(レビュー)
ピース・又吉直樹が文学を愛する芸人を集めて立ち上げた「第一芸人文芸部」。その部員で、大の読書好き芸人のピストジャムが、「Twitter文学」として話題を呼んだ『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』(麻布競馬場・著、集英社文庫)と出会った。 『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』は、東京というコンクリートジャングルで暮らす人々の虚無と諦念を描く22篇を収録した短編小説集だ。ピストジャムは、京都から上京し、20年以上、バイトで生活してきた自身の半生を重ね合わせ、他人と比較して得られる安心や幸せが、いかにもろいものかと感じたという。 又吉が編集長を務める文芸誌「第一芸人文芸部」創刊準備号から抜粋して紹介する。 ***
くるりは『東京』で「雨に降られて彼等は風邪をひきました」と歌った。この短編小説集『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』は、そんな「彼等」の物語。地方から出てきて、傘なんかなくても大丈夫やと思ってた20代がすぎ、いつのまにかずぶ濡れになって一番こじらせやすい港区型のウイルスに冒され、高熱にうなされる男女の顛末がなまなましく描かれてる。 Twitter(現X)という140字詰めの原稿用紙に綴られた文章は、読み手のあごを打ち抜くパンチラインの応酬。刺激的でユーモアあふれる比喩を巧みに放ち、吐き気をもよおすような虚栄心と飼いならせないほど大きくなってしまった嫉妬をみごとに表現してる。登場人物の鼻の毛穴まで見える高い解像度には舌を巻く。 これは麻布競馬場のペンネームで執筆活動を展開する作者自身が地方出身で、慶應義塾大学を卒業し、現在も都内企業に勤める会社員であることに由来する。本人いわく「そこそこ名の通った企業」で、麻布十番にも住んでたことがあるらしい。しかも、生まれは1991年。作中の人物たちと年齢も一致する。顔出しNGの理由も理解できる。 もう20年以上前の話になるが、僕も作者と同じく地方出身者で、慶應大学を卒業した。卒業後は吉本の養成所に1年間入所しデビューしたので、会社員として働いた経験はない。 情けないことに芸歴21年目になった現在もお笑いの稼ぎだけではまったく食べられへんから日々バイトしてる。先日受けたバイトの面接では、「慶應卒ってホント?」と言われる始末。 そら面接官からしたらびっくりしたやろう。目の前の45歳の男の履歴書には、「職歴なし」の文字。しかも、本人は芸人やとのたまうがテレビで観たことも聞いたこともない。嘘つけ、と言われてもしかたない。完璧なはみだしもの。怖がらせてしまって申しわけなかったな、と気の弱い妖怪みたいなことを思った。