金原ひとみ×ゆっきゅん対談。新しい出会いを受け入れていくこと「中年になると、だんだん自分の世界が定まってくる」
「新しい世界に出会えそうなとき、その用意ができていないよりは、ひらいているままでいたい」
金原:でも、私もわりと昔から仕事上でバチバチやりとりをしたことはないかもしれない。ついてきてくれる人たちに囲まれてきたのかな。だから、本当にぶつかり合うなんて、恋愛相手か子どもたちぐらいなんです。 ただ、人と話していてちょっと「それどうなの?」と思ったときは、「何か言わないと」みたいな気持ちにはなるんですよね。価値観があんまり合わないような人と付き合ってるときとか。 ゆっきゅん:価値観が合わない人と付き合うって、どういうことなんですか? 金原:私、フランスですごく仲良くなった友達がいて。それが、『少年ジャンプ』しか読まないような人なんですよ。話も合わないし、価値観も全然違うんだけど、お酒とご飯の趣味だけ合うって人がいて。でも、信念とか哲学とか、そういったものを全部抜きにしたら、一緒にいてなんか楽しいんです。 ゆっきゅん:すごい。何の話をするんですか。 金原:牡蠣の早開け競争とかやったりして(笑)。目の前にあることについて話したり、いま自分が置かれている状況とか、物理的なことだけお話していると意外と楽しいんです。 「酒だ酒だ!」ができるのがすごく楽しい。でも、ちょっと真剣な話になったとき、「あれ、やっぱりこいつ絶対許せない。お前らみたいなやつがいるからこの世界はダメなんだ……」みたいな感じになって、すごく熱くなったりとか……。相手の、正義について考えてなさすぎることに傷ついて大泣きして、翌日「やっぱりお前は間違ってるよ」って淡々と語ったりとかしていました。 ゆっきゅん:それでも会い続けるのが面白いですね。 金原:日本に帰国してからはそういうことが少なくなっていますね。 ゆっきゅん:でも、素敵です。 自分が好きな人にしか会わないのって、生きているだけで国とか世界とか、そういうものからはぐれている感じや摩擦がすごいので、わかり合える友達とわかり合わさせてくれ、みたいなことかもしれない。 金原:たしかに。やっぱりそもそもいろんな苦しいことのなかに自分の生活が成り立っているわけだから、友達に何を求めるかと言ったら、共感だったりするんだろうなって思います。 ゆっきゅん:でも、なにか衝撃は受けたいですよね。新しい世界に出会えそうなとき、その用意ができていないよりは、ひらいているままでいたいなって思いました。
テキスト by 生田綾 / 撮影 by 佐藤麻優子