【荻窪・酒と肴 ててて】開店して1年少し、食通に知れ渡った居酒屋、女将が選ぶ日本酒とこだわりの肴を愉しむ
■ おひとり様限定の肴 置かれた盃は温めてある。差し出された白徳利は京都「今宵堂」のもので注文して一年待ったそうだ。時期だから飲もうと思っていた秋上がりの「白隠正宗秋上がり生酛純米」は、夏を過ぎておだやかに味がのって来た感じでしみじみうまい。 届いた刺身三点盛りはとても大きく厚く切ったのが二枚ずつ。思わず「厚いですね!」と叫ぶと「そうしてます、味をわかっていただきたくて」と嬉しそうだ。はたしてその味のすばらしさ、擂りたて山葵のひりひりさ。お二人コンビの仕事にどんどん気が合っていく。 私は開店五時きっかりに一番で来たつもりなのに、カウンター奥にはすでに中高年女性二人がしっかり座り、酒も料理も並んでいる。コスパに最もうるさいのが中高年女性で、そういう方が常連であれば間違いない。次々にやって来る客はこのあたりにお住いらしき中高年の男一人ばかりで、店を見渡すこともなくじっと品書きを見て次々に手慣れて注文する。 店は忙しくなり、男はしゃべらないから店はシンとなったが、隣のおばさん二人は遠慮なくぺちゃくちゃで、静まりかえりを防いでくれる。そうかここは勤め帰りの一杯ではなく、ご近所で評判の質の高い店なんだ。 そこに来たやはり中年の女性一人は私の隣に座り、しばし品書きを眺め〈おひとり様限定酒肴盛り・1200円〉を注文。まわりの客から「ほう」と小さな声が漏れたのは、お一人様限定ゆえ皆なんとなく遠慮していた品だからだ。届いた大皿を横目に見たが、目玉料理が一口ずついいとこどりに盛られた八寸で、なるほどこれはお徳用。やられたなあ。
■ 「造り手・伝え手・飲み手」 さて私。〈赤貝とねぎのぬた〉は味噌味はほんの少しで酢が仕事をし、葱がうまい。〈カワハギ肝ポン酢和え〉は肝を風味にして上品。「秋田山内地域で栽培されている里芋」と注釈された〈山内芋の唐揚げ〉はみごとに大きく、ほこほこ感と深い味がたまらない。酒を「羽前白梅俵雪つや姫」に替え、一粒ずつの箸が止まらない〈炒り醤油豆〉は、大豆をひと晩、水に浸け、フライパンで炒って醤油たれにひたしておくとか。 「つまり煮てないと」「そうです」。これは座右に必置きの一品だ。 不思議な店名は名杜氏・石川達也さんの名付けで日本酒の「造り手・伝え手・飲み手」を表したという。私は遥か昔、石川さんが神亀酒造で修業しているころから知り合いで、広島竹鶴酒造に杜氏で入ったとき訪ね「小笹屋竹鶴」のラベルデザインを頼まれたことがあった。今は茨城の月の井酒造に在籍。杜氏として初めて文化庁長官表彰、日本酒造杜氏組合の要職も務める方。ご主人は竹鶴時代に知り合ったそうだ。 私が荻窪でテレビ取材していてばったり会った角野卓造さんはすでに三度来て「あそこは名店です」と太鼓判を押した。 開店して一年少しの居酒屋がたちまち食通に知れわたる。誠実な良い仕事をしていれば人は訪ねてくる。私も常連になろう。とても気持ちの良い感想を持った。 「酒と肴 ててて」 住所:杉並区荻窪4-32-8-101 TEL:03-6279-9016 営業時間:平日17時~23時、土日祝15時~22時 定休日:月曜日(不定休あり) (編集協力:春燈社 小西眞由美)
太田和彦