「『ナースのお仕事』はバグで生まれた名作」作家・柚木麻子、ドラマで描かれる女性像30年の変遷を辿る【インタビュー前編】
――『若草物語』は、なぜ? 柚木:原作と比較して批判する意見をいくつか見かけたのですが、私は原作者のオルコットについては相当詳しいので、今期のドラマ版は原作で描こうとしていたことをしっかり踏襲しているのだと、主張しておきたいんです。 『若草物語』はそもそも「貧乏ってほんとにいやねえ」って言い合う場面から始まるんですよ。父親が南北戦争に従軍し、女だけで暮らさなくてはならなくなった1年に発生する、ありとあらゆる金銭トラブルを姉妹が試行錯誤して乗り越えていく、経済の物語なんです。さらに物語のラストでは、四姉妹の今後を知りたい? それがどうなるかはこの本の評判にかかっていますよ、というような文章で締められている。つまり、買えよと、オルコットは煽っているともとれるんです。 ――言われてみれば……。 柚木:元々オルコットはゴシック小説を書いていたのですが、家計のために転向し、売れそうな家庭小説の『若草物語』を書いた。経済を描くことは『若草物語』における肝で、やりがい搾取やハラスメントといったドラマに出てくる要素は、オルコットが現代を生きていたら必ず入れていたと思うんです。 確かに、みんなでパイを作ったり洋服をリメイクしたり、原作のキュートなシーンも再現していれば、批判を抑えられたかもしれませんが、家庭による体験格差がこれほど問題になっている今、1860年代のペンシルベニアの暮らしを再現すると、逆に恵まれた丁寧な暮らしのように見えてしまう。スマホをずーっと見ているドラマの四姉妹の姿は、まさに現代の貧しさを象徴していると思いますし、脚本家の方は正確に原作を汲みとっているんじゃないかと私は思います。 ――時代と場所によって、リアルとされる描写は異なるわけですし、原作をそのまま再現するのが必ずしも求められていることとは限らないですね。 柚木:この10年で日本はずいぶんと不景気になり、ドラマの製作費は減ったうえ、多様なコンテンツが生まれたことで、何をやっても視聴率がとれなくなった。その代わりに、これまでは脇をかためる側にまわりがちだった、実力派の俳優さんたち……たとえば江口のりこさんや木南晴夏さん、市川実日子さんが主役を演じられるようになったのは、すごくいいことだと思います。 『若草物語』のように、ウケの要素だけを入れたわけではない作品も増えてきた。納得いかないものを作って視聴率がとれないくらいなら、自分たちの作りたいものを作ろう、どうせ儲からないのなら納得できる仕事をしようと、制作陣が思うようになったのでしょう。そういう勝ち方を選んだ結果、どんな名作が生まれていくのか、今は楽しみにしています。
取材・文=立花もも、撮影=金澤正平