大晦日の神戸で起きた「地獄絵図」 テレビでは放映されなかったアントニオ猪木の「108つビンタ」
場を仕切る人間がどこにもいない
リングに上がったアントニオ猪木本人が、マイクを握って言う。 「ボブ・サップの試合も裏で見てきました。曙が負けたようです。ご報告を申し上げます」 そう言うと会場がどよめいた。SNSの普及していないこの時代は、他の会場の結果を知らない観客が多かったからだ。 全選手が囲むように立つ中「ビンタチケット」を事前に入手した観客がリングに上がって猪木本人から張り手を受けるのは、前年、前々年の猪木祭と同じ流れである。 過去、2年連続で大晦日の猪木祭に足を運んだ筆者の記憶だと、猪木自身はあくまでも108人のビンタに集中し、ここからはリングアナウンサーが仕切っていた。MCの回しのうまさもあって、エントリーした観客が次々とリングに上がり、猪木からビンタの洗礼を受けて、一礼して去っていく。その手際のよさは、現場の一切を任されていたDSEの制作能力を思えば、どうということはなかったはずだ。 しかし、この2003年の興行を仕切っているのはK‒1でもなければDSEでもない。それどころか、日本テレビの中継も終わったことでアナウンサーも早々と引き上げ、場を仕切る人間はおらず、猪木自身がマイクを握っていた。悪い予感しかしない。 紅白歌合戦が大団円を迎えようとしているなか、テレビ中継終了後の「猪木祭」では、まさに前代未聞の事件が起きようとしていた。後編「リングに上ろうとする観客にキックを連発!『アントニオ猪木vs.観客』の修羅場」に続く
細田 昌志(総合作家)