天井や塀は「壊れる」 地震の安全対策に必要な前提と考え方
「膜天井」で天井は安全になったか
東日本大震災の後、以上のような動きがあったわけですが、果たして日本の天井は安全になったのでしょうか?
それを調べるために、膜構造物の設計・製造を専門に扱う「太陽工業」を訪ねました。同社は1922(大正11)年にテントを作る会社として創業。1970(昭和45)年の大阪万博のパビリオンや東京ドーム(1988年完成)屋根などに使われた膜材の製造などに関わってきました。膜材は従来、仮設的に設置する「覆い」の域を出るものではありませんでしたが、次第に建物の一部として恒久的に使われるようになり、今では、上記のようなスポーツ施設や空港、駅、商業施設などさまざまな場面で膜構造物を見ることができます。
天井を軽くて柔らかい膜材でつくる膜天井という製品は、東日本大震災の前から存在していましたが、吊り天井に比べてマイナーな存在でした。しかし震災後、自治体や、施設管理者、設計業者などから膜天井への問い合わせが急増。ショッピングモールや、講堂、体育館やプールで、続々と膜天井への張り替えが進んでいるといいます。 「グラフ」は、太陽工業が手掛けた膜天井について、年ごとの導入件数です。1992~2010年までは累計で20数件でしたが、2011年4月以降は急増し、2018年4月までに約300件もの膜天井がつくられました。
とはいえ、膜天井は万能ではありません。膜は音を吸収する性質があるため、室内の反響が減る効果があります。静かな環境をつくるにはよいのですが、コンサートホールなど、充実した音響環境を得るためには、硬い材料による吊り天井が必要なケースもあります。その場合には、特定天井の耐震基準にのっとった耐震補強が求められます。
落ち続ける天井と社会の「責任」
東日本大震災をきっかけにして、天井の安全への関心が高まり、吊り天井の耐震補強、膜天井への切り替えが進んだことによって、日本の天井は安全になっているといえると思います。しかしながら天井は実際、まだまだ落ち続けています。 たとえば2016(平成28)年10月に発生した鳥取県中部地震では、震度6の揺れに襲われた地域の施設で、吊り天井の落下が相次ぎました(地震発生3か月前に膜天井に張り替えた三朝町総合スポーツセンターは被害なし)。また、地震がなくても天井は落ち続けています。学校で、図書館で、温泉施設で、地震のときほど大規模ではなくとも、さまざまな要因で天井落下が起きています。天井とは落ちるものなのです。だから、たとえ落ちても大事に至らない天井にしておくことが、安全確保のためにとても重要なことだとわかります。 しかし、天井に注意を向けているだけでは不十分でした。昨年の大阪北部地震では、ブロック塀が倒壊して児童を襲うという事故が発生してしまいました。倒れたブロック塀は、そもそも建築基準法の耐震設計基準から大きく逸脱した、非適合建造物でした。しかし塀とは倒れるもの、倒れても大事に至らない塀にしておく、というフェイルセーフの考え方でも、子どもたちの身の回りの環境に気を配っておくべきではなかったでしょうか? 東日本大震災を経て、果たして日本は、より安全になったのでしょうか? 未来館に膜天井への張り替えを助言した川口先生の話を聞こうと、東京大学の研究室を訪ねました。