「良い野菜は口に苦し」──その苦味を科学の力で抑えたらどんな影響があるのか
抗酸化作用や抗菌作用など数多くの健康効果を持つ苦味成分
ホリデーシーズンに入り、家族で食卓を囲むとき、たいていの人はお皿にタンパク質や穀類、そして当然、デザートをどんどん盛っていく。しかし野菜にはなかなか手が出ないことが多い。とりわけ、苦味のある野菜、例えばケールやからし菜、芽キャベツ、ブロッコリーなどのアブラナ科の野菜は人気がない。酸味のある果物を敬遠する人もいる。 「病気を生む顔」になる食べ物とは 画像5点 近年、苦味や辛味のある食べ物を嫌う傾向を受け、農産物の遺伝子を操作して、苦味や辛味の原因となる酵素を抑えようとする研究が進んでいる。その結果、最近では、苦味の少ないからし菜や、甘味の強いパイナップルといった品種が市場に出回り始めている。しかし、こうした味の改変は、農産物の人気を高める一方で、健康効果を減少させている。 「アブラナ科の野菜のピリッとした風味の元である成分こそ、非常に体にいいものなのです」と、米イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校の食品科学者であるマイケル・ミラー氏は言う。例えば、これらの野菜に豊富に含まれている苦味のあるスルフォラファンという成分には、抗酸化作用や抗菌作用、抗炎症作用といった数多くの性質を持つという報告がある。 遺伝子操作によって農作物の風味を変えることが容易になり、今後、野菜や果物の味にさらに変化がもたらされると専門家は予想する。その目的は、食卓に並ぶ農産物を増やすことだが、健康的な食事には味のバランスが必要なのは、おそらくこれからも変わらない。
植物の苦味の元とは? なぜ嫌われるのか
植物は多くの場合、身を守る手段として苦味を作り出す。例えば、アブラナ科の野菜は、グルコシノレートという代謝物質とミロシナーゼという酵素をそれぞれ体内の別々の場所に蓄えている。 口に入れて噛んだとき、この2つの成分が混ざって苦味が生じる。混ざってできた物質は非常に刺激が強い。 「そのため、おいしくないと感じられて、昆虫やその他の生物に食べられにくくなるのです」と、ミラー氏は説明する。 人間の場合、苦味を嫌うのは生まれつきだ。赤ちゃんは、甘くない食べ物を嫌がる。専門家によると、こうした嗜好は生存に有利に働くという。毒性のある食材や腐った食材は、苦いことが多いからだ。 大人になると、口腔内の苦味受容体の感度が落ちるため、「酸味があるパンやホップの効いたビール、濃いコーヒー、ダークチョコレートが楽しめるようになります」と、米コーネル大学の植物育種学者であるマイケル・マズーレク氏は言う。しかし、大人になっても苦味を嫌う人は多い。 人間の好みに合わせて野菜や果物の苦味を和らげようとする試みは、今に始まった話ではない。「農業が始まったころから、ずっと行われてきました」とマズーレク氏は言う。 例えば、大昔、人類が見つけた野生のウリ科の野菜には苦味物質のククルビタシンが多く含まれていて、苦くて食べられなかった。しかし、およそ1万2000年前に農業が定着すると、この物質の含有量が少ない品種を栽培するようになった。 最近では、遺伝子操作によって、他の農作物でも、よりシンプルでピンポイントな品種改良が行われるようになってきている。