歴史から学ぶ「古代中国やヨーロッパで編み出された情報漏洩を防ぐための知恵」
KADOKAWAグループが大規模なサイバー攻撃を受け、多数の個人情報や機密情報が外部に流出したニュースは衝撃的だった。デジタル情報の安全性について改めて考えさせられた今回の事件。歴史を振り返ると、情報を守ることの重要性は、古代から認識されていました。 【イメージ写真】人類は情報の伝達や保護について知恵を働かせてきた 現代のデータセキュリティ対策とは少し離れますが、過去の先人たちも、情報の漏洩を防ぐための工夫を凝らしていたのです。今回の記事では、情報漏洩を防ぐために考え出された古代中国とヨーロッパの知恵をいくつか紹介したいと思います。 ◇古代中国の知恵:「陰符」と「陰書」 古代中国では、機密情報を守るために「陰符」という特殊な暗号方法を使っていました。 木や竹で作られた細長い板(木簡や竹簡)の長さに意味を持たせて、メッセージを伝えるというユニークな方法です。見た目は普通の物体なので、第三者には内容がわからないという仕組みです。 例えば、 ・一尺(約30cm)の長さの木簡は「敵に大勝利する」という意味 ・九寸(約27cm)の長さの木簡は「敵の軍隊を打ち破り、敵将を倒す」という意味 この方法の優れた点は、木簡や竹簡に文字を書く必要がないことでした。たとえ敵に奪われても、一見しただけでは単なる木や竹の板にしか見えません。そのため情報が漏れる心配がほとんどありませんでした。 しかし、陰符で伝えられるメッセ―ジは、短いというデメリットがあります。そのため細かい内容を伝えるために「陰書」が生み出されました。 陰書の仕組みは以下の通りです。 ・通常、縦書きで書かれる漢文を、横向きの木簡に書きます。 ・その木簡を3つに分割します。 ・分割された木簡を別々に送ります。 この方法の利点は、もし敵が1つか2つの木簡を手に入れたとしても、全体のメッセージを完全に理解することができない点にあります。全ての木簡が揃って初めて、メッセージの全容を読み取ることができるからです。 漫画『キングダム』の舞台である春秋戦国時代(紀元前475年~紀元前221年)に、陰書はすでに存在していたとされ、そのあとに続く三国志の時代(220年~280年)にも広く使用されていました。 古代中国の戦場では陰符や陰書が飛び交い、暗号を用いた騙し合いなど、高度な情報戦が展開されていたのです。 ◇欧州の暗号技術:「シーザー暗号」と「カルダングリル」 ヨーロッパで有名な暗号として「シーザー暗号」があります。アルファベットを何文字かズラす方法で、古代ローマの英雄であるユリウス・カエサル(シーザー)が使用したことから、この名称がついています。 カエサルは3文字ズラす方法を採用していました。 具体的には以下の通りです。 ・「A」は「D」 ・「B」は「E」 ・「C」は「F」 というように、アルファベットを3つ後ろにズラして置き換えていきます。 「HELLO」という単語を暗号化する場合は、 ・H→K ・E→H ・L→O ・L→O ・O→R こうして「HELLO」は「KHOOR」という暗号文になります。この方法を使えば、一見すると意味のわからない文章を作ることができ、秘密のメッセージをやり取りすることができます。 さらに、情報をより安全に守るために、カエサルは別の工夫もしていました。他国へ遠征に出かけたときには、アルファベットではなくギリシア語によるシーザー暗号で連絡を取っていたそうです。 複数の方法を組み合わせることで、セキュリティーのレベルを上げ、情報が敵に解読されることを防いでいたのです。シーザー暗号の原理は単純かもしれませんが、当時としては効果的な通信方法として機能しました。 16世紀になると、イタリアの学者ジェロラモ・カルダーノが「カルダングリル」という暗号方法を編み出します。 普通の手紙や文書に見えるものに、秘密のメッセージを隠す方法です。「ステガノグラフィー」という技法に属します。 カルダングリルの仕組みは、以下のようになっています。 ・特定の場所に穴が開いたカードを用意します。このカードが「グリル」です。 ・秘密のメッセージを書くときは、このカードを紙の上に置き、穴の開いた部分にだけ文字を書きます。 ・そのあとカードを取り除いて、残りの空白部分を普通の文章で埋めます。これで一見すると普通の手紙のように見えます。 ・メッセージを読む人は、同じカードを手紙の上に重ねます。すると、穴から見える文字だけを読むことで、隠されたメッセージを理解できます。 たとえば「今日は良い天気です」という普通の文章に、「明日攻撃」という秘密のメッセージを隠すことができます。 この方法の優れた点は、暗号文全体が自然な文章になっているため、第三者が見ても暗号だとは気づかれないことです。 カルダングリルは、当時としてはとても効果的な暗号方法でした。現代の複雑な暗号と比べると単純かもしれませんが、敵に情報を見せながらも、大事なメッセージを隠せるという点で画期的なアイデアだったと言えるでしょう。