月の名所としても知られる風光明媚な桂浜。空海、坂本龍馬、紀貫之のゆかりの地でもある高知県の灯台へ
灯台は、海と人、過去と現在の境に立つ標
外にどうぞ、と導かれて、レンズ室から回廊に出る。ちょこんと丸く黒いものが、手すり部分にくっついている。「これは何ですか?」と、つい身を乗り出して覗き込んでしまった。 「あっ、それはライブカメラです。例えば高知灯台を管轄する第五管区ならば、大阪灯台や潮岬灯台など、合計六ヶ所にライブカメラが設置されており、海の安全をリアルタイムで配信しています」 「待ってください。じゃあもしかしたら今、配信を見ていらした方がいれば、わたしの顔が大写しになってしまったかもしれないんですか」 「はい、もしかしたら」 苦笑いする奥山さんに平謝りする間にも、陽射しは容赦なく照り付ける。 今は空と海は疎ましいほどに明るく、眩い。しかし遮るものの一つとてない遥かなる海は、一旦日が傾けば、そして嵐が訪れれば、水面を渡る船に歯を剥いて襲いかかるだろう。 人の世はたやすく変わる。 かつて職員が灯台守として常駐していた灯台は、今日ではすべて自動制御化され、人の住まう灯台はもはや存在しない。一方でGPSやレーダーの発達に伴い、船が灯台に頼らずとも自船の位置を把握することも容易となった。 しかしそれでも海は変わらぬ広さで在り続けるし、船上の人々が陸を恋う心に変わりはありはしない。むしろ世の中が目まぐるしく変化する世であればこそなお、今も昔も変わらず存在する灯台は、海と人、過去と現在の境に立つ標なのだ。
現在と未来を結ぶシンボルへ
見下ろせば、灯台の敷地の一部が区切られ、何やら工事が進んでいる。あれは、と尋ねたわたしに、 「あそこには展望台が出来るんです。もちろん、灯台の邪魔にならない高さのものですが、それでも高知灯台の展望を少しでも知ってもらえるように」 と、奥山さんがにっこり笑った。 実は海上保安庁は一昨年より、灯台を地域のシンボルと捉えて活用しようとする行政や民間団体を、「航路標識協力団体」として指定する制度を始めている。高知市は今年二月、県内で初めてこの団体の指定を受けた。展望台の他、高知出身の植物学者・牧野富太郎ゆかりの草花を植えた花壇を設置。イベントの際には、高知灯台内部に入れる機会を設ける予定とうかがった。 灯台に親しむことは、地域の歴史や文化、風土について学ぶことと同義。海と人、過去と現在を結ぶ灯台はいま、現在と未来を結ぶ新たなる役割をも兼ねようとしている。 広大なる海を照らし続けてきた星々の輝きは、今なお我々に新たな光を注ぎ続けているのである。 取材を終えて灯台から失礼してもなお、目裏からはレンズ室の眩さが消えなかった。あの光が支えてきた多くの命が、よりその輝きを増させているかに思った。 「澤田さーん」 と呼ばれて見回せば、車の側で編集者T氏が手を振っている。 「柚子シャーベット買いましたよ! 少し涼みましょう!」 なにせ猛暑に加え、光の奔流の如きレンズ室のために、気付けば全身汗みずくである。ありがとうと叫んで振り返れば、灯台の先端がにょっきりと林の向こうに顔を出している。 次なる灯台へと向かう我々の背を押すかのように、真白いその先端が陽射しを受けてきらりと輝いた。 高知灯台 所在地 高知市浦戸830-4 アクセス 高知駅からとさでん交通路線バスに乗車。桂浜駅で下車。 灯台の高さ 15,46 灯りの高さ※ 54.1 初点灯 明治16年 ※灯りの高さとは、平均海面から灯りまでの高さ。 海と灯台プロジェクト 「灯台」を中心に地域の海と記憶を掘り起こし、地域と地域、日本と世界をつなぎ、これまでにはない異分野・異業種との連携も含めて、新しい海洋体験を創造していく事業で、「日本財団 海と日本プロジェクト」の一環として実施しています。 灯台の新たな可能性を見出すために 「海と灯台プロジェクト」では、灯台の存在価値を高め、灯台を起点とする海洋文化を次世代へ継承していくための取り組みとして、「新たな灯台利活用モデル事業」を実施中。①灯台の存在意義や継承理由を伝える。②灯台の存在価値を物語化する。③灯台の価値と利活用の可能性に戦略的に取り組む。この3項目の達成を目指し、2023年度は全国11灯台で、3つの調査検証事業、8つの利活用実施事業を展開しています。
澤田瞳子