「良い手術を受けるために患者さんがすべきこと」と「日本の医療制度の問題点」/渡邊剛(ニューハート・ワタナベ国際病院総長)
■■医療制度を改革したい、代案はある ──先生は、日本の医療制度も改めるべきだと言われていますね。 「どう考えても理不尽だと思われることが、世の中にはいくつもあります。利用者や多くの人が『変えるべきだ』と思っているにもかかわらず、一度決められた制度はなかなか見直されることはありません。 日本の医療制度も、そうなのです。 健康保険制度は、誰もが医療機関にアクセスできるという意味で素晴らしいものだと思いますが、問題は手術の部分が『出来高払い』になっていることなんですよ」 ──「出来高払い」というのは? 「『出来高払い』とは、診療等にかかった費用を足し算で病院が請求できるシステムで、検査や治療を重ねるたびに請求金額が増えていきます。それだけ話すと『何が問題なのか?』と思われるかもしれませんが、この『出来高払い』は実に理不尽で、また心臓外科医の精鋭化を妨げてもいるのです。 わかりやすいように例を挙げましょう。 医師Aが完璧な手術をし、合併症を引き起こすこともなく患者さんを退院させたとします。 一方で医師Bは下手な手術をして患者さんが合併症を引き起こし、多くの薬の投与、輸血等が必要になったとします。当然、入院期間も長くなりますよね。 この場合、前者よりも後者のほうが請求額は高くなります。 つまり、完璧な手術をした医師Aよりも、下手な手術をした医師Bの方が病院を儲けさせることになってしまうのです」 ──それは理不尽ですね。 『もう少し具体的に言えば、『ニューハート・ワタナベ国際病院』で心臓手術を行うと、1件あたり250~400万円ほど(保険適用により患者さんの負担額は5~30万円程度)。ですが、手術成績のよくない施設で行った場合、請求額が膨らみ時には1000万円近くになる場合もあります。 このままでは、下手な外科医と、それで儲ける病院経営者がいることで患者さんにカラダに負担がかかるのと同時に医療費の無駄使いが続いてしまいます。 これは、民間の病院に限らないんですよ。 以前に私が在籍した金沢大学附属病院の病院長は、私にこう言いました。 『心臓外科は入院期間が短いから儲からない。もっと長く入院させろ。それができないなら第1外科からベッドを取り上げる』 無茶苦茶な話です。 『必要のない長期入院は、血税の無駄使いではないですか』 私がそう返すと、病院長は烈火の如く怒りました。国立の大学病院にも、そんな歪んだ状況があるのです。 ──そんな医療制度は変えていくべきですね。代案はありますか? 「あります。『出来高払い』を『包括型』に変えればいいのです。 たとえば、○〇手術は○○○万円という具合に定額制にして、それ以上は保険請求できないようにします。すると、下手な手術をすれば病院が赤字になりますから、たちまち未熟な医師は淘汰されることになるでしょう。 厚生労働省の方とお会いするたびに、私はその話をしています。それでも医療界の抵抗は強く、なかなか変えることができないのが現状なんですよ。 でも、このままでいいはずがありません。私はこれからも訴え続けます。患者さんが、安心して手術を受けられるようにするために。そして、心臓外科医の技術向上のためにも」 文/近藤隆夫 ■ 渡邊剛 わたなべごう 心臓血管外科医。ニューハート・ワタナベ国際病院総長。1958年、東京都生まれ。少年時代に漫画『ブラック・ジャック』に衝撃を受け、医師の道を志す。金沢大学医学部卒業後、同大学第一外科に入局。1989年、“ドイツ心臓外科の父”と呼ばれるハンス・ボルスト教授がいるハノーファー医科大学胸部心臓血管外科に留学し、2年半に及ぶ滞在期間中に2,000件にわたる心臓手術を経験。また、心臓移植を日本人最年少で執刀し成功する。帰国後すぐに富山医科薬科大学(現・富山大学医学部)に移り、そこで過ごした約8年間で「オフポンプ手術の創始と死亡率低下への貢献」「日本初のアウェイク手術成功」「世界初の完全内視鏡化下冠動脈バイパス手術の成功」など、数々の偉業を成し遂げる。2000年、41歳で金沢大学心肺・総合外科の主任教授に就任。2005年には兼任で東京医科大学心臓外科教授に就任。2014年、金沢大学を辞め「ニューハート・ワタナベ国際病院」を設立。2019年から2023年まで5年連続ロボット心臓手術件数世界一に輝いている。2010年より14年連続で「The Best Doctors in Japan」に選出。特技は手術、趣味は車のレストア。
近藤隆夫