PDKの衝撃的デビュー ついに911にもダブル・クラッチ・トランスミッション搭載! 直噴エンジン+PDKで武装した997型ポルシェ911はどうすごかったのか?【エンジン・アーカイブ「蔵出しシリーズ」】
エンジンとトランスミッションを刷新した997型911をふり返える
【エンジン・アーカイブ「蔵出しシリーズ」】ご存じ中古車バイヤーズ・ガイドとしても役立つ雑誌『エンジン』の過去の貴重なアーカイブ記事を厳選してお送りしている人気企画の「蔵出しシリーズ」。今回は、2008年9月号に掲載された997型となったポルシェ911の試乗インプレッションを取り上げる。試乗の舞台はポルシェの本拠地、シュトゥットガルト。見た目の違いはごくわずかなのに、その中身は、パワートレイン全面変更といっていいほどの進化を遂げた997型911。マイナー・チェンジでこれだけ大幅な改良を加えてくるポルシェというメーカーには、改めて脱帽せざるを得ないが、肝心の走りはどう変わっていたのか。お送りするのは、カレラとカレラSのクーペとカブリオレが用意された国際試乗会のリポート。直噴エンジンとPDKの2大技術トピックについては、別途、解説記事を設けた。 【写真17枚】直噴エンジンとPDKの2大技術トピックを得た997型911はどんなポルシェだったのか 国際試乗会の詳細画像はコチラ ◆静かになったフラット6 ポルシェの本拠地、シュトゥットガルト近郊で開かれた新型911の国際試乗会に用意されていたのは、カレラ・クーペとカレラSクーペ、それに双方のカブリオレの4種類。すべてがオプションのPDK装着車で、スタンダードなマニュアル・トランスミッション搭載車はなかった。 とはいえ、オプション装備の豊富さでは群を抜くポルシェのことである。カレラSはアダプティブ・ダンパーのPASMを標準装備するが、カレラではそのPASMのある・なしが大きな違いになるし、タイヤのサイズやスポーツ・クロノを装備しているかどうか、スポーツ・シャシーを入れてあるかどうかによって、走りの印象がかなり違ってくる。 1台ごとに様々に仕立てられた試乗車の中から、まずはノーマル・サスペンションに18インチの標準タイヤを履いた、いちばん素に近いカレラを選んだ。むろん、直噴エンジンとPDKを装備したことによる旧型との違いを、もっともストレートに体感できると考えたからである。 ドライバーズ・シートに着くと、ステアリングの握りがこれまでよりかなり太くなっているのに気づいた。次に、左右のスポークにPDKのシフト・スイッチを発見。これまでのティプトロニックSでは、上を押すとアップ、下を押すとダウンだったのが、PDKでは表側から押すとアップ、裏側から引くとダウンに変更されている。スイッチの形状はデザインを優先した感じで、指にいまひとつしっくりこないが、操作した時のカチッという感触は悪くない。 PDKの手動による変速は、シフト・レバーを右に倒しマニュアル・モードに入れることでも可能だ。その場合も押してアップ、引いてダウン。旧型のティプトロニックSではシフト操作はスイッチだけになっていたので、今回復活したことになる。 左手でキイを捻り、新しい直噴フラット6に火を入れると、アイドリング音がこれまでより静かになったと感じたが、気のせいだろうか。 いや、気のせいではない。新エンジンは旧型より格段に静かで、回転もよりスムーズになっている、と確信したのは、走り始めて5分も経たない時だった。だが、そもそもポルシェとは、リアで野獣を飼い、それが常に唸り声を上げていて、ひとたび右足に力を込めれば、雄叫びをあげて背後から襲いかかってくる――そんな刺激に満ちたスポーツカーではなかったか。それに比べるとこれは、とりわけ3000回転以下ではまるで乗用車のように穏やかだ。 その理由のひとつは、補器類の回転音がこれまでより減っていることにあるのだろう。新エンジンは初代911以来のポルシェ・フラット6の特徴だったタイミング・チェーン駆動用のインターミディエイト・シャフトを廃して、クランクシャフトから直接、高強度タイミング・チェーンでカムシャフトを駆動するようになっている。可動部品を大幅に減らしたことは、フリクションの低減と同時に、ノイズの低減にも大いに貢献しているに違いない。 ◆常に沈着冷静なPDK 静かでスムーズなのはエンジンだけではない。それに勝るとも劣らず、PDKのシフト・マナーがよく躾けられているのには舌を巻いた。シフト・ショックはアップ時もダウン時も皆無。クリープもついており、発進時はいささかのギクシャク感もなくスーッと動き出すから、言われなければATと区別がつかない。坂道発進でも、ブレーキを離した後、2秒間停止するスタート・アシストが標準装備されているから、運転はすこぶるイージーだ。 PDKはDレインジで走っているとかなり積極的にシフト・アップして、放っておくと7速まで入れるような設定になっている。7速100km/h時の回転数は1750。6速までのギア比はマニュアルとほぼ同じで、6速100km/hは2450。7速は燃費志向の極端なオーバードライブになっているのだ。 ところが、そこからひとたび右足をグッと踏み込むと、瞬く間に2段飛び、3段飛び、場合によっては4段飛び、5段飛びでシフト・ダウンして、目も覚めるような加速状態に移ることが出来る。そんな芸当を涼しい顔でこなしてしまうところに、PDKの真骨頂がある。マニュアルだったら7速から一気に2速まで落とすことなど、ほとんど考えられないし、そもそもが7速までせっせと使う人もあまりいないだろう。 そして、そんな瞬時のシフト・ダウンを見せる時、回転合わせのブリッピングはするものの、派手な演出は一切なし。燃費のことも考慮に入れているのか、必要な時に必要な量だけ吹かす感じで、憎たらしいくらいに沈着冷静な印象である。 そういえば、カレラの新フラット6は4000回転を超えたあたりから音を変化させるが、それも旧型のように荒々しいものではなく、もっときめ細かい沈着冷静な音だ。そして、旧型より200回転増えて7500となったレブ・リミットまで、いささかの淀みもなく吹け上がっていく。直噴化されたことでレスポンスがシャープになった感じは伝わってきたが、20馬力の増強は明確に体感できるほどのものではなかった。 そうはいっても、とにかく速い。アウトバーンではメーター読み285km/hまで出た。それでもフロントが浮き上がるような感じはなく、どこまでも安定した走りをみせた。メーカー発表の最高速はカレラが287km/h(6MTは289km/h)、カレラSが300km/h(同302km/h)。PDKでは、6速で最高速を出すようになっている。 ノーマル・サスの乗り心地はかなり硬めだ。街乗りを考えたらPASM付きの方がいいだろう。 ◆弾けるような3.8リッターの魅力 実際、次に乗ったPASM+スポーツシャシー付きのカレラは、実に素晴らしい足を持っていた。ノーマルよりPASMがついて10mm、スポーツシャシーでさらに10mmローダウンされて、相当固められているはずなのに、決して乗り心地は悪くない。ノーマル・モードなら十分に街乗りで使えるレベルだ。スポーツにするとさすがに硬いが、そのかわりコーナリングのシャープさは驚くほど増して、痛快なハンドリング・マシンぶりに拍車がかかる。タイヤは19インチでブレーキはカーボンのPCCB。スポーツ・クロノ付きだ。 こいつでワインディングを走ったひとときは、このうえなく楽しい時間だった。コーナーへの進入でブレーキをわずかに残しながらステアリングを切り込んでいくと、ノーズが実に軽く、絶妙のタイミングで内に入っていく。PDKのおかげで、シフト・ダウンする時にもヒール&トウのような余計なことは何も考えなくていい。スポーツ・クロノをスポーツまたはスポーツ・プラスにしておけば、Dレインジのままでも最適なギアを選んでくれるし、もちろん自分で積極的にマニュアル・シフトしたっていい。自由自在だ。 ローンチ・コントロールが簡単に使えるのにも驚いた。スポーツ・プラス・スイッチをオンにして、片足でブレーキを踏んだまま、もう一方の足で一気にアクセレレーターを下まで踏み込むと、回転数が6500でホールドされる。そこでブレーキをリリースすれば、軽いホイール・スピンを見せながら、誰でも最大加速度で発進できるというわけだ。 そして、最後に乗ったのは、19インチ、スポーツ・クロノ付きのカレラSカブリオレ。今回乗った3台の中で、このクルマが一番良かった。 その最大の魅力はエンジンにある。超ショート・ストロークの3.8リッターフラット6は、いささか大人しく燃費志向が強いと感じられた3.6リッターとはまったく別の性格付けがなされているようで、弾けるような活発さを持っていた。低速時は静かで、回すとドライバーの気持ちを高揚させる実にスポーティな快音を響かせて快楽の頂きを駆け上っていく。 これまでは同じブロック、同じストロークなら、ボアも排気量も小さいカレラの3.6リッターの方が吹け上がりが良く、味わい深いと感じていたが、新型では事情が違ってきた。もっと乗り込まないと結論は出せないが、今のところ、カレラSの3.8リッターに強く惹かれるものがある。 いずれのエンジンを選ぶにせよ、トランスミッションはPDKが本命になるだろう。足回りはカレラでもPASMを装備したい。さらにスポーツ・クロノを奢ってやれば、街乗りから峠道、サーキットまでこなす、オールマイティなスポーツカーを手中にすることになる。 すなわち、直噴エンジン+PDKを得た新型911は、スポーツカーとしてのさらなる高みに登る一方で、これまで以上に広い範囲のクルマ好きに向けて裾野を大きく拡げたのだ。 文=村上 政(本誌) 写真=ポルシェ・ジャパン(小川義文)/ポルシェAG ■911カレラ 駆動方式 リア・エンジン縦置き後輪駆動 全長×全幅×全高 4435×1808×1310mm ホイールベース 2350mm 車両重量 1415kg エンジン形式 水冷水平対向6気筒DOHC 排気量 3614cc ボア×ストローク 97×81.5mm 最高出力 345ps/6500rpm 最大トルク 39.8kgm/4400rpm トランスミッション 6段MT/7段PDK サスペンション(前) マクファーソン・ストラット/コイル サスペンション(後) マルチリンク/コイル ブレーキ (前後)通気冷却式ディスク/アルミ製モノブロック・キャリパー タイヤ (前)235/40ZR18(後)265/40ZR18 車両本体価格 1162万円(6MT)/1237万円(7PDK) ■911カレラS 駆動方式 リア・エンジン縦置き後輪駆動 全長×全幅×全高 4435×1808×1310mm ホイールベース 2350mm 車両重量 1425kg エンジン形式 水冷水平対向6気筒DOHC 排気量 3800cc ボア×ストローク 102×77.5mm 最高出力 385ps/6500rpm 最大トルク 42.8kgm/4400rpm トランスミッション 6段MT/7段PDK サスペンション(前) マクファーソン・ストラット/コイル サスペンション(後) マルチリンク/コイル ブレーキ (前後)通気冷却式ディスク/アルミ製モノブロック・キャリパー タイヤ (前)235/35ZR19(後)295/30ZR19 車両本体価格 1376万円(6MT)/1451万円(7PDK) (ENGINE2008年9月号)
ENGINE編集部
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