開発責任者が明かす「鈴鹿8耐、3連覇を達成したHRCファクトリーの真実:マシン編」24年型CBR1000RR-R SP
ピークパワーを削り、低中速を出す
さて、2024年型CBR1000RR-R SPはエンジンでは低中速を重視し、車体ではより旋回性を向上させた特性になっている。 「HRCファクトリーマシンの場合、最高出力は去年のモデル(2023年型8耐仕様)より抑えて、その分を低中速側に振っています。低中速で有効なトルクを生かした方が最高速への到達時間を短くでき、その方が鈴鹿の場合は速く走れるからです。その特性が一番分かりやすいのが、スプーンカーブからの立ち上がりからバックストレートのセクション。立ち上がりでスムーズにスピードを乗せ、早いタイミングで最高速に到達させています」 鈴鹿のバックストレートは130R手前で最高速が出る。例えば990ccのMotoGP時代のドゥカティのように、バックストレートにおいて5→6速の最高速域でもウイリーするほどパワーはあっても、そのパワーがラップタイムに反映しないのでは意味がない。だから2024年型 CBRは、ピークパワーを削ってまで低中速にこだわった。 「低中速を意識してバルブタイミングをいじると、どうしても(最高出力が)下がってしまう……それならば、ピークパワーより実効性のある使えるトルクを増やした方がレースでは有利ですから」 例えば、最高出力を確保しておいて、トラクションコントロールなど電子制御で何とかするというアプローチでは無理があるのだろうか? 「やはりエンジンそのものが持つ特性が効くのです。路面コンディションやタイヤ(のグリップ)の変化とか、長いスパンで耐久レースということを考えると、(トラクションコントロールなどの)電子制御よりエンジンの素の特性でグリップさせた方が良いし、ライダーもコントロールしやすいでしょう」 「カムはHRCのスペシャルです。面白いことをしているのかとか、そういうことはなくて、2024年型の素の特性をいかに引き出すかに注力しています。2022年型までのワークス仕様より、さらに中低速のトルクを上げています。2024年型はより扱いやすい特性にしたのです。そもそも公道での扱いやすさと、サーキットでの扱いやすさの両立が、2024年型ベースマシンの狙いですから」 このベースマシンの特性を活かしたチューニングもあって、3人のライダー(高橋 巧、ヨハン・ザルコ、名越哲平)の誰が乗ってもレースアベレージで2分7~8秒が出せた。そのラップタイムでワンスティントを27ラップ、28ラップ走れる。 「3人のライダーを、いかに速く、いかに疲労なく走らせるか。そういうマシン作りをしています」 決勝では3人とも、キレイに2分8秒台のターゲットタイムを揃えてみせた。その扱いやすさや速さのつながるもうひとつの要素がミッションだ。FIMが公認するミッションレシオは、1シーズン・1メーカーにつき、STD、他2レシオの計3レシオだ。 「ホンダとしては、2024年型(STDとSPの2モデルで)で計3レシオになります。2024年型はプライマリーレシオ(1次減速比)が変わっています(従来1.630→新型1.687)。そのプライマーレシオでファクトリーマシンとして動力性能を見直したときに、2024年のHRCキットとして売られているミッションレシオが、鈴鹿でパフォーマンスが最大化できるレシオでした」 「したがってファクトリーマシンでも、キットとして市販されているミッションと同じレシオを使っています。CBRとして、3レシオ登録できますので、EWCのシリーズの24時間向けに、1レシオ追加でき、ホンダの2024年型としてはSTD、(鈴鹿8耐で使った)HRCキット、EWCの24時間用の3レシオを登録しています。」 8耐ライダーのひとり、ヨハン・ザルコ選手はこんなことを言っていた。「ヤマハは最終コーナーで滑っている。ウチはそこ我慢して(グリップさせて)、続く直線でウチがかわす」。そのザルコの言葉通り、HRCのCBRはYARTをかわした。低中速重視、旋回性の良さという2024年型の特徴が出た場面だった──車体回りは、どう進化しているのだろう。旋回性の良い、運動性に優れたマシンは、どうやって生まれてくるのか。