あのケネディ米大統領に「フランスが世界一」と認めさせた男がいた!~ルーヴル美術館・ブランディング秘話
たった10秒見るために180万のアメリカ人が殺到
《モナリザ》は1962年12月から1963年3月までの約4ヵ月間、アメリカ合衆国に貸与され、ワシントンのナショナル・ギャラリーとニューヨークのメトロポリタン美術館で展示されている。展覧会は大成功で、二つの会場で約180万人のアメリカ国民がこの作品を見るためだけに駆けつけた。1日あたり1万5000人が行列を作ったことになる。展示風景を撮影した動画が残っているが、1人あたり10秒も作品を鑑賞する時間が与えられず、足を止めることなく作品の前を通り過ぎるだけである。それでも人々は喜びに満ちた笑顔でこの作品と対面した。 《モナリザ》の渡米にはマルローが同行した。同行というよりは、要人警護のボディガード、あるいは貴婦人のエスコートと形容したほうがよかろう。ワシントンでの展覧会に先立ち、1963年1月8日に開かれた式典で撮影されたのが件の写真である。 さて、この写真は私たちに何を伝えているのだろうか。世界中に拡散されたこの写真は、いかなるメッセージを世界の人々に発信したのだろうか。思索し行動する文人として自らを演出することに長けていたマルローにとって、写真は自己表現の重要なツールであり、これらのポートレートにも様々なメッセージが込められている(マルローと美術作品の「自撮り」をめぐる複雑怪奇な事情については『ルーヴル美術館』をご覧いただきたい)。 《モナリザ》とジャクリーヌ・ケネディに挟まれたマルローは、スーツに蝶ネクタイの正装で、先のポートレートからうって変わり、神妙な顔つきである。芸術を我が物とした自信溢れる姿は影を潜め、《モナリザ》をエスコートする付添人、緊張した下僕といった面持ちだ。さすがのマルローもこのルーヴルの至宝の前では恭しくひれ伏すしかない、といったところだろうか。 否、マルローの著作をみる限り、彼が《モナリザ》に格別の敬意を払っていた形跡はない。この写真もまたマルロー得意のパフォーマンスと考えた方がよかろう。フランスの文化大臣として、すなわち、ルーヴルの貴婦人に仕える役人として自己演出をするとともに、おそらく、アメリカ国民に対し、ルーヴルの至宝たるモナリザとの接し方を「教えている」のだ。たった10秒ほどの接見のために2時間も3時間も行列をなして待つ価値のある貴婦人だと伝えているのである。 この写真撮影に先立つセレモニーで演説をしたマルローは、《モナリザ》を、聖母マリアの微笑と古代ギリシャの理想の精神を有した「永遠の女性」であると讃えてみせている。