ジョン・ケージの《4分33秒》はなぜ名作なのか──音楽の概念を180度変えた「無音の曲」を聴く
世界で最も誤解されがちな「無音の曲」
ジョン・ケージが1952年に発表した作品《4分33秒》は、アーティストや作曲家だけでなく、さまざまな分野の思想家にも多大な影響を与えた。《4分33秒》に触発され、数多くのコンセプチュアルアート、実験的パフォーマンス、さらにはiPhone用アプリが生まれるなど、この曲の革新性・重要性は広く認められている。それにも関わらず、作品に対する誤解が後を絶たない。 この作品は、4分33秒間、楽器の使用を休むことを演奏者に求めているため、「サイレント・ピース(無音の曲)」という愛称で呼ばれる。それが誤解を生む一つの要因だ。ケージ自身はこの愛称を用いつつ、これは無音の曲ではないと説明している。 最近また《4分33秒》への誤解が、ソーシャルメディア上で話題になった。発端となったのは、コロンビア大学のジョン・マクウォーター教授がニューヨーク・タイムズ紙に寄稿した論説だ。マクウォーター教授は、音楽人文学の講義でケージの《4分33秒》を取り上げたものの、親パレスチナ派のデモ隊が「川から海まで」と叫ぶ声に邪魔されたとして、こう書いている。 「学生たちに、今日はこの曲を聴くことができないと説明しなくてはならなかった。周囲から聞こえてくるのは鳥のさえずりや廊下を行き交う人たちのざわめきではなく、建物の外にいるデモ隊の怒声ばかりだったからだ」 この主張に、あるX(旧ツイッター)ユーザーが反論した。 「コロンビア大学の学生たちが、デモによってジョン・ケージの《4分33秒》を聴く機会を奪われたという。この作品は、自分を取り巻く世界の音に耳を傾けさせようとするものなのに」 4月24日にポストされたこのコメントには、1週間足らずで4万を超える「いいね」がついている。では、《4分33秒》はどんな作品で、なぜ高く評価されているのだろうか。この機会に改めておさらいしよう。
ジョン・ケージとはどんな人物か?
実験音楽の第一人者であるジョン・ケージは、音楽は何で構成されるのかという概念そのものを一変させた。多くの場合、彼の作品では伝統的な意味での楽器演奏は要求されず、意図的に不調和な音が作り出される。一般に楽譜は容易に再現できるメロディを示すが、ケージの楽譜は様式や作法から解放された自由なもので、同じ演奏が再現されることはほとんどない。ケージはまた、実験的な音楽を生み出すかたわら菌類学の研究に没頭。野生のキノコを採取し、キノコに着想を得た作品も制作している。