心ができたばっかりの頃の、非日常の思い…。引き出すことで人は元気になる
人口が減少し、社会の成長が見込めない時代といわれます。一方で、科学技術の進化が、高齢化の進む日本の未来を、だれにとっても暮らしやすい社会に変えるのではないかともいわれています。わたしたちは一体どんな社会の実現を望んでいるのでしょうか。 幸福学、ポジティブ心理学、心の哲学、倫理学、科学技術、教育学、イノベーションといった多様な視点から人間を捉えてきた慶応義塾大学教授の前野隆司さんが、現代の諸問題と関連付けながら人間の未来について論じる本連載。20回目は、引き続き「幸せのメカニズム」がテーマで、地域活性化と幸せ創りの達人について紹介します。
今回は、『幸せのメカニズム』(講談社現代新書、2014年)に載せられなかった、加藤せい子さんについての文章を掲載します。 以下、幻の原稿です。
地域活性化と幸せ創りの達人
圧倒的な魅力で周りの人を幸せにし続けている方を、ご紹介しましょう。加藤せい子さんです。 加藤せい子さんは、岡山県総社市で、NPO法人吉備野工房ちみちを主宰されています。加藤さんは、地域活性化と幸せ創りの達人です。ただ、自分について語るときに謙虚な方です。もっと、「私はすごい」と言ってもいいだけの実績をお持ちなのですが、「私はただのふつうの主婦」とおっしゃいます。 ちみちが行うプログラムは、今や人間中心の地域活性活動として注目されています。加藤さんは、講演や「達人」を作るワークショップを行うために全国を飛び回り、海外へのノウハウ移転も行っておられます。 ユニークなのは、「一人一品」と名付けられた活動の理念。一人ひとりがその良さを生かす活動の呼び名で、達人一人ひとりを育成する段階と、達人が身に付けた知識や技をもとに人々に対して体験プログラム「みちくさ小道」を行う段階から成ります。 「どのように達人を育成するのか」という点が多様な「自己実現と成長」に関わっていて興味深いのですが、まずは、達人が行う体験プログラムは具体的にどんなものなのかを見てみましょう。 「達人」が行う体験プログラム「みちくさ小道」は、年に2度、それぞれ2ヶ月程度行われます。この中で、数時間から一日の様々な体験プログラムが実施されています。具体的には、「総社の古代古墳探訪」「小型の古墳を作ろう」「ピカピカの泥団子作り」「古民家で味わう食事と食の話」「韓国伝統お菓子とお茶体験」「備中神楽のお話と鑑賞」「岡山弁で歌わにゃおえまぁー!」「時間がない人の時間管理術」などなど。もっとたくさんあります。 プログラムの中には、地域の伝統に即した文化的なものもあります。加藤さんが「吉備野」と名付けた吉備文化発祥の地、岡山県は、古墳で有名。大小さまざまな古墳があります。それを解説し見学するツアー。あるいは、8メートルくらいの小型古墳を作ってみる体験プログラム。また、他愛のなさそうな昔懐かしいものもあります。 昔、ピカピカの泥団子、作りませんでしたか? 私は、小学生の時に作った泥団子を今も大事に取ってあります。そんな子供の頃の技を、ほかの方に教える体験プログラム。岡山弁で歌うイベント。これは、テレビ番組にもなっているそうです。さらには、時間管理術など、都会のビジネス講座みたいなものもあります。つまり、一人一品。それぞれの人が自分の得意なことをひとつ見つけ、それを来訪者に見せたり演じたりすることで、自己実現と地域活性化を図る活動です。 「古墳好きの人は古墳について説明する。ピカピカの泥団子づくりでもいい。岡山弁で歌うのでもいいし、時間管理術の講習でもいい。経済的価値や文化的価値があろうとなかろうと、そんなことは関係ない。それぞれが、それぞれの良さを生かし、「自己実現と成長」を果たし、オタク・天才・達人になろう。」そんな活動です。