「売れたのはラッキーの積み重ねだった」――紅白ラッパー・SEAMO、今は馬主に 振り返る絶頂期
競馬場にいるほうが声をかけられる
10年かけてゆっくりと長いトンネルを抜けつつあるSEAMO。実は、馬主としても知られた存在だ。競馬との出会いは、大ブームになったオグリキャップがきっかけだった。 「オグリキャップがデビューした地方競馬場は、僕の家のすぐ近くにあった。田舎出身の無名馬が、中央のエリートたちをバッタバッタと倒していくのは、本当にカッコよかった。なんとなく、僕らのヒップホップドリームと重なるものもあって」 SEAMOの場合、馬を「共同所有」するスタイルだ。 「共同馬主、一口馬主なんですよ。例えば、2000万円の馬がいるとして、400人で割ると、1口5万円。それくらいの金額で馬に出資ができて、毎週その馬の近況も得て、楽しむ。まあ、どっぷりハマっていきまして(笑)。そんなに多くは儲からないんですけど、馬が『見える』ようになっていくんです。そうすると、たまに当たりの馬も引けるようになったり」 競馬を通して、多くの友達にも恵まれた。 「年に何回か、馬を見るために一緒に北海道に旅行するのがライフスタイルになりました。競馬の予想番組に出たり、競馬場でライブしたこともあります。下手すれば、その辺を歩いてるより、競馬場にいるほうが声かけられるんじゃないかっていうくらい(笑)」 「一頭馬主」になろうと思ったことはないのだろうか。 「もちろん憧れはありましたけど、知れば知るほど、リスクも大きい。北島三郎さんがキタサンブラックで大儲けしたと思われてますけど、山ほど損をしてきて、やっと取り返したくらいだと思いますよ。僕もよく『儲かってるんですか?』って聞かれますけど……儲けじゃなくて、ロマンのためにやっているわけで」 ロマンのためとはいえ、元手がなければ続かない。馬の餌代もかかる。デビューして走り出すまでに1年は待たなければならないともいう。コツは、走らない馬を見抜くことだ、と、SEAMOの口調には熱がこもる。 「走る馬と走らない馬っていうのは、明白です。音楽も同じですよ。やればやるほどいろんなことが分かってくる」 つらいことがあった時は、馬に逃げるようにしていたSEAMO。アップダウンの激しい自身の人生も、共同馬主という趣味に「救われた」という。現在は、「馬を見抜けるヒップホップアーティスト」として、唯一無二の地位を確立しつつある。