〈パリ五輪女子ボクシング性別疑義騒動〉なぜ彼女たちが大バッシングを浴びたのか? 専門家によって見解が分かれる「テストステロン値とパフォーマンス」の医学的根拠
大盛況のうちに閉幕となったパリ五輪。世界中のアスリートが脚光を浴びるなか、不本意なかたちで注目を集めてしまった選手がいる。性別疑義騒動に巻き込まれてしまった女子ボクシング66キロ級金メダリストのイマネ・ケリフ(アルジェリア)と同57キロ級金メダリストのリン・ユーチン(台湾)だ。この騒動の問題点を専門家に聞いた。 【画像】写真で振り返るパリ五輪とパリの美しい町並み
テストステロン値の高さとスポーツ競技の有利さは証明されていない
問題がとりわけ大きく報じられ始めたのは、女子ボクシング66キロ級2回戦でケリフが対戦相手のアンジェラ・カリニをわずか46秒で棄権に追い込んだ後からだった。 ケリフとリンは生物学的な性別も性自認も女性で、女性として育ってきた。しかし、昨年の女子世界選手権における性別適性検査で「女子競技の参加資格を満たさなかった」として失格処分を受けていた。それがなぜパリ五輪には出場できたのか。 書籍『わたしたち、体育会系LGBTQです』で監修を務めた立命館大学産業社会学部教授の岡田桂(おかだ・けい)氏はこう解説する。 「IOCは性の多様性をなるべく認めつつも、オリンピック各競技の出場資格は基本的にそれぞれの競技団体が定めた基準を採用する方針です。 しかし、五輪のボクシング競技を統括するはずのIBA(国際ボクシング連盟)が組織運営の問題により、東京大会、パリ大会と相次いで競技運営資格が停止となった。代わりにIOCがボクシング競技をコントロールすることとなったため、IOCの方針によって両選手が参加できることになりました」 IBAは23年に行った両選手への失格措置について、詳細は明かさないものの「XY染色体が確認された」(クリス・ロバーツ事務局長)、「検査の結果、2人のテストステロン値が男性並みに高く、『男性』であることが判明した」(ウマル・クレムレフ会長)としている。 「一般的に男性は『XY』、女性は『XX』の性染色体を持っていますが、XY染色体を持つ女性も一定数います。そういった女性はDSD(性分化疾患。ホルモンバランスが典型的な女性と異なる発達をする体質)と呼ばれ、通称男性ホルモンと呼ばれる、筋力や身体の大きさに影響するとされ、いわゆる“男性らしい”体をつくる働きをするテストステロンが多く分泌されると言われています」(岡田氏、以下同) 一方でIOCは両選手については「IBAによる恣意的な決定の犠牲者」と反論。パリ五輪女子ボクシング競技の出場資格はパスポートの性別に基づいて行われたため、参加資格にズレが生じた格好だ。IOCの基準に問題はないのか。岡田氏は続ける。 「テストステロン値が高い体質でも、それを十分に受容する条件を備えていなければ筋力などに影響がない場合もあります。また、過去に行われた2つの大規模調査では、エリート・アスリートのテストステロン値が「必ずしも高くはない」と「非常に高い場合がある」という相反する結果が出ています。つまり、現時点ではテストステロンによって競技が有利になるということは証明されていません。 先の2選手は恣意的に行われた検査によって、おそらくXY染色体を持つことが発覚しましたが、仮に今大会で全参加者を検査したとすれば、2人以外にも、必ずしも身体的に特徴が現れていない同様の体質を持つ選手がいた可能性も否定できません」
【関連記事】
- パリ五輪では「過去最多193人の選手がLGBTQを公表」も「日本人はゼロ」…なぜ日本では性的マイノリティに対しての偏見がなくならないのか?
- 「ゲイだけど女性と結婚したい」という男性が求める恋愛関係やセックスのない「友情結婚」とは? 専門の結婚相談所やマッチングアプリも登場
- 「男は働き女は家を守る」…選択式夫婦別姓や同性婚に反対する自民党議員の大半がいまだに昭和の伝統的家族観の幻影に取り憑かれている理由
- 性的少数者を受け入れている国ではGDP上昇も…欧米で進む、多様な家族の形を認める社会がもたらすもの
- 事実婚や同性婚なら必須! 財産だけでなく、LINEを消去するかどうかも書いていい!? 司法書士に聞く遺言書の書き方