〈解説〉プーチン政権が救わなければならなかった男の正体 ロシア大規模身柄交換の真意、保安局の元大佐とは?
8月初旬、米国やロシア、ドイツなどの間で、大規模な身柄交換が行われた。子供を含む26人の身柄交換は、冷戦崩壊後で最大規模となったが、西側が得た人数がロシア側の倍となるなど、ロシア側が譲歩をしたとも受け止められる内容だった。 【写真】身柄交換を受けたクラシコフ元大佐を出迎えるプーチン大統領 ロシア側が強く求めていたのが、ロシア連邦保安局(FSB)のワジム・クラシコフ元大佐だ。ドイツでチェチェン独立派の亡命者を射殺した人物で、プーチン氏の信頼が厚いと報じられているが、2013年にはロシアの企業幹部を殺害した容疑で、国内の逮捕令状が出された経緯がある。その素性はプーチン氏が言う「愛国者」というよりは、むしろ何らかの理由で国の汚れ仕事を担わされた元マフィアとの印象すら与えている。 しかし、ロシアでは汚れ役を遂行し、成功した治安機関員は国が守るという〝暗黙のルール〟がある。ウクライナ侵攻の長期化で厭戦ムードが高まるなか、国内の引き締めに最重要の役割を果たす治安機関を重視する姿勢を、プーチン氏が改めて示した可能性もある。
監視カメラがとらえた映像
やや粗い監視カメラの映像は、モスクワ市内の駐車場で、車に乗り込もうとする中年男性の姿をとらえていた。しかし、中年男性には季節外れの厚着をした別の人物が、自転車で近付いてくる。 危険を察知した男性は、即座に逃げだしたが、厚着の人物はマカロフ拳銃を取り出し、中年男性に襲い掛かった。一度は失敗したが、その後男性を追い詰め、胸と頭部に銃弾を撃ち込み殺害した。
自転車に乗り、中年男性を襲った人物こそ、今回の身柄交換で焦点となったワジム・クラシコフ元大佐だ。このモスクワでの事件が起きたのは13年6月のこと。クリミア併合前のロシアは当時、ソチ冬季オリンピック(五輪)を目前にするなど社会、経済面で安定を見せていた時期だ。 ビジネスに成功した企業経営者らがマフィアに殺害される事件は依然として珍しくなかったが、この事件は多くのテレビ局が報じた。警察は14年1月、逃走したクラシコフの逮捕に向けて全国規模の捜査を開始した。 ただ、その後事態は不思議な展開を見せた。オランダの調査機関「ベリングキャット」によれば、クラシコフに対する逮捕令状は15年6月に突如、撤回されたのだ。その後、クラシコフの足跡は途絶えるが、事態は思わぬ方向に動き出す。