養老孟司「結核で亡くなる朝、父はなぜ文鳥を放したのか。3000体の死体を見て、人生は些細な違いの寄せ集めだと感じるように」
東京大学名誉教授で医学博士の養老孟司さん。著書『バカの壁』は450万部を超えるベストセラーに。今年で86歳、これまでを振り返り「人生は、なるようになる」との結論にたどり着いたといいます。養老さんが「自分の意志で動いた記憶がほとんどない」と話す幼少期の思い出とは――。 【写真】養老先生「今日みたいに取材がある日でも、終わったら昆虫標本づくりに励みます(笑)」 * * * * * * * ◆欧米流とまったく逆の考え方 なるようになる。本当に、そう思っています。人生、なるようにしかならない。そうもいえますが、それでは、なんか諦めたような感じになってしまう。なるようになる、はゆるい感じですね。 幼い頃から、自分の意思で動いた記憶がほとんどといっていいくらい、ない。いくら「自由にしていい」と言われても、「嘘つけっ」て感じる。人生はくじみたいなもので、選択できる範囲はおのずとかなり限られるように思ってきた。医学部に進学したのも解剖学の道に進んだのも、なりゆきです。煮詰まるまで待って、しょうがねえな、もうなんかするしかないな、と思うまで自分からは動かない。欧米流の「自分の意思で自分の道を決める」、とはまったく逆ですな。 戦争で振り回されたでしょう。あれは大きいよ。なんでも上から降ってきた。焼夷弾も命令も……。戦後は教科書に墨塗りまでさせられた。 敗戦後、教育の民主化が図られ、国家主義や戦意を鼓舞する教科書の記述を、墨で塗って抹消した。
◆人生は小さな必然の積み重ね 東大医学部助手になってすぐに起きた大学紛争で研究がストップ、解剖の仕事が不要不急とみなされたことも大きかった。こうした世間の動きに幼い頃からなじめず、「よそ者」意識が芽生え、どうして折り合いをつけられないのか、ずっと考えてきた。 自覚はないけれど、このしつこさは生まれつきかな。解剖でも3000体超の死体を見てきました。同じようなものでは、と思う人もいますが、そうじゃない。解剖すると、身体にはそれぞれの人たちが生きてきた歴史が体つきなどに刻まれていることに気づく。人生は些細な違いの寄せ集め。そう思っています。 いろんなものごとを"解剖"しながら考えたことをまとめたのが『形を読む』(1986年)や『唯脳論』(1989年)などに始まる著作です。多くは頼まれた仕事で、『バカの壁』(2003年)の題名は編集者がつけました。 放っておくと人が歩くときに転ぶ穴を埋めるように、社会のニーズに応えることが仕事だと思っている。だから依頼は基本断らない。に後悔はありません。 ただ、穴ばかり埋めていると、好きな虫の時間がなくなる。だから、今日みたいに取材がある日でも、終わったら昆虫標本づくりに励みます(笑)。
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