考察『光る君へ』45話 笠を脱ぎ捨て、海風を受けて駆けるまひろ(吉高由里子)そして大宰府で周明(松下洸平)と出会う!終盤にきて怒涛の展開の予感
「藤式部がいなくなったからですの」
青空の下、旅に出るまひろ……よかった、お供が乙丸だけじゃない。後ろに屈強そうな若者が2名、荷物を担いでいる。 土御門殿では倫子が赤染衛門(凰稀かなめ)に藤原道長の人生を輝かしき物語として書くよう依頼した。 赤染衛門「謹んでお受けいたします。されど……まことに私でよろしいのでしょうか」 倫子「衛門がいいのよ」 赤染衛門はこの頃、恐らく60歳くらい。倫子が姫君であった頃から長年仕えてきた。あなたしかいないという倫子の言葉と信頼の微笑みは、これ以上ない褒美だろう。よかったですね、赤染衛門先生……。 『栄花物語』は道長の築いた栄光と公家社会の様子が描かれた歴史物語だ。正編30巻の作者は赤染衛門という説が有力である。道長の一族を身近で見つめた女性の筆によって貴族たちの生活が細やかに表されており、読めば彼ら、彼女らと繋がっている心地がする作品となっている。 ところで、倫子が抱いている子猫。当時、猫は大陸からの船に乗りやってきた貴重な珍しい動物だった。『源氏物語』にも『枕草子』にも皇族、貴族に大切に扱われる猫が登場する。倫子が小麻呂、小鞠、そして今回の子猫と、猫を絶やさず飼い続けられるのは、土御門殿の財力と絶大なる権力、貴族社会のすみずみまで行き渡った人脈の象徴なのだ。 賢子の初出勤の日は、まひろの時の重い空気とは全く違う晴れやかさで迎えられた。これもまた、まひろが長年勤めてきた成果だろう。賢子は今日から「越後の弁」と呼ばれる。祖父・為時が前越後守、その前は左少弁であったから。賢子はこののち、彰子の孫にあたる親仁(ちかひと)親王の乳母となり、親王が後冷泉天皇として即位した年に三位に叙された。 有馬山いなの笹原風吹けばいでそよ人を忘れやはする (有馬山の麓の猪名の笹原は、風が吹けばそよそよと鳴るのですって。そうよ、あなたを忘れたりするものですか) 賢子が、『小倉百人一首』のこの歌で有名な「大弐三位」と呼ばれるのは、ずっとあとの別の話。賢子の女房としての華やかな人生が始まったのだ。 そんな彼女を、柱の影からじっと見つめる道長。彰子らとちがい、政の道具として使わなくともよい娘が、しかし我が子としては慈しむことはできない娘が目の前にいる。なんともいえない感情が胸に押し寄せる──と共に、襲い来る病の兆し。 そして道長は倫子に出家の意志を告げた。出家したいという夫としての相談ではなく「出家いたす」と、もう決定したことを話すだけだ。引き留める倫子に、道長は取り付く島もない。ここで倫子は、ずっと秘めていた思いを小さく零す。 倫子「藤式部がいなくなったからですの」 貴族の妻としてのたしなみも貴婦人としての矜持も捨てて、まひろとのことは気づいていたと打ち明けたのに、道長は笑って流すだけ。摂政と三人の后たちの母、帝の祖母。太閤の妻。女としてこの世の頂点に立っているはずの彼女は、今はまだ何も捨てることができぬまま現世に取り残される。 その姿はあまりにも悲しい。
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