考察『光る君へ』45話 笠を脱ぎ捨て、海風を受けて駆けるまひろ(吉高由里子)そして大宰府で周明(松下洸平)と出会う!終盤にきて怒涛の展開の予感
まひろが出した答え
執筆活動に区切りをつけ、自宅でも文箱に蓋をするまひろは、ふと、幼い頃からずっと吊るしてある鳥籠に目をやる。傷み壊れていて、そこに入るはずの小鳥は近くで飛んでいるのだろう、さえずりが軽やかに響き渡っている。 まひろの娘・賢子(南沙良)が宮仕えをしたいと申し出た。夫となる男に通ってもらって生計を立てるのではなく、自分で働いてこの家を支えてゆくという。まひろの背中を見て育った娘ならではの結論……さりげなく現代の働く母親たちへの激励となるような、ヒロインの娘の自立宣言だ。 賢子が宮仕えをしても自分は大丈夫だという父・為時(岸谷五朗)の言葉を受けて、まひろは自身のこれからについて語る。 まひろ「賢子がこの家を支えてくれるなら、私は旅に出たいと思いますの」「物語の中で書いた須磨や明石に……それから、亡き宣孝様(佐々木蔵之介)のおつとめになった大宰府や、さわさん(野村麻純)の亡くなられた松浦にも」 働いて子を育て上げ、ライフワークである物語を完結させた。まひろは、やるべきことを全力でやったのだ……これまでの人生を振り返りながらの旅に出るのだね。いってらっしゃい。じんわりと胸が熱くなる。 きぬ(蔵下穂波)が「この人もお供します!」と、夫の乙丸(矢部太郎)を押し出す。家族の会話は聞こえていても、老人となった乙丸は九州まで行くという長旅の供をするとは言い出せなかったろう。しかし彼は姫様のゆくところならどこへでもついてゆく、今度こそ守ると決心した男だ。彼の生涯のしめくくりを、きぬは後押ししたのだ。 きぬ「あんたが御方様を無事に連れて帰ってくるんだよ。私はここで待ってるから」 乙丸「御方様! お供いたします!」 温かい涙を誘われる場面だった。 太皇太后・彰子(見上愛)の下という職場を賢子に譲り、まひろは、お暇乞いをする。賢子の女房装束──唐衣は裳着の儀式で、道長から贈られた布だ。とてもよく似合っているではないか。 彰子「生きて帰ってまいれ。そして私に土産話を聞かせておくれ」 まひろに餞別として、懸守(かけまもり)が下賜される。初めての出産前後は藤式部がいないと心細いとしきりに頼っていた彰子が、微笑んでまひろを送り出すように……彼女は押しも押されもせぬ国母、この国一の貴婦人として成長した。涙ぐむまひろとともに、見守ってきた視聴者も感無量である。 そしてお暇乞いと賢子紹介は、道長と倫子(黒木華)の太閤夫妻にも。旅に出ると告げるまひろの言葉を、顔色ひとつ変えずに受け止める道長。さすが太閤の貫禄、まったく動じていない。 藤式部に語りかける倫子の声に、すっかり老いたなあと思う。寛仁3年(1019年)で倫子は55歳、道長53歳。老夫婦としての落ち着きを感じる。 道長「大宰府への使いの舟があるゆえ、それに乗ってゆくがよい」 今でいえば、飛行機のファーストクラスチケットを用意しとくからという感じだろうか。 太閤夫妻の御前を下がった後に倫子が母娘を呼び止め、前回44話での、道長の生涯を物語として書く依頼について訊ねる。 まひろ「心の闇に惹かれる性分でございますので」 作家として道長の栄華を輝かしく描くことはできないと断る。うまいなあ! これからは根が暗い性格というのを表現するとき、この台詞を使わせてもらおう。 そして、まひろの背中を見送る倫子の表情……ああ、夫の心を捉えて離さなかった女が身辺から去る。長い年月、人知れず抱えていた憂いも終わるのだ……という思いの表れに見える。まひろにしろ倫子にしろ、女たちが人生の幕引きに向けて心の整理をする時期に来ているのか。 しかし心の整理どころの騒ぎではない男がいた。 『源氏物語』生原稿を賢子に託しているタイミングでまひろの局にやってきた道長。賢子と女房が去ったあと、さかさかと局に入り御簾を自ら降ろす! 道長には悪いが、この所作に爆笑してしまった。自分で御簾を下ろすなど、太閤という貴人にあるまじき振舞い。どんだけ焦ってるんだと笑ってしまったし、同時に動揺した。この動揺については後述する。 道長「なにがあったのだ」「いかないでくれ!」 まひろ「これ以上、手に入らぬ御方の御側にいる意味はなんなのでございましょう」 そりゃそうだ! これぞ『源氏物語』を「宇治十帖」まで書いた作家。 お前を一番愛している、だが身分が低いからと妻にはしない男たち。飽きて忘れられるか、さもなくば死ぬか出家せねば愛という名の呪縛から解放される手段はない、悲しい女たちを描いたまひろが出した答えなのだ。 まひろ「ここらで違う人生も歩んでみたくなったのでございます」 ここから先の、まひろの表情の変化。吉高由里子の芝居が絶品だ。道長との決別と宿縁の告白をするまでの間は、わずか数秒だが語り継がれるべき名演だろう。 「私は去りますが……賢子がおります。賢子はあなたさまの子でございます』 驚く道長……えっ気づいてなかったの!? こっちが驚いたわ。 このまひろの告白に『源氏物語』14帖「澪標(みおつくし)」にある六条御息所と光源氏の最後の会話を思い出した。御息所は、亡き東宮との間の娘(のちの秋好中宮)の行く末を光源氏に託す。しかし「けして愛人扱いしてくれるな」と頼み込む場面。 まひろは自分が去ったのち、道長が賢子を自分の身代わりとせぬようにと釘を刺す意味もあって娘だと告げたのではないだろうか。 道長はまひろの手を握り、 道長「お前とは、もう逢えぬのか」 まひろ「会えたとしても……これで終わりでございます」 御簾を自ら降ろした道長に笑ってしまいつつも動揺したのは、この状況では道長がまひろを押し倒し抱いてしまうのではと思ったからだ。実際そんな勢いと気配があった。そして、この土御門殿で太皇太后に仕える女房・藤式部を、太皇太后の父である太閤が抱くことを咎める人間は誰もいない。妻である倫子も、貴族の女のたしなみとして黙認する。それは1話のちやは(国仲涼子)のため息の場面からずっと描かれてきた。そんな社会だ。 まひろはそうした社会の軛さえ振り捨てるように、力を込めて握られた道長の手を引き剝がし立ち上がり、土御門殿を後にする。 まひろの藤式部としての一生は、これで終わったのだ。
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