「人質救出が戦争終結」…「10月7日のトラウマ」抱えるイスラエルの人々【現場】
イスラエルでは、「10月7日」は今や固有名詞であり普通名詞だ。「10月7日」は1年あまり前の昨年10月7日、パレスチナのイスラム組織ハマスが起こしたイスラエル攻撃を指す事件の固有名詞であり、またその事件によってイスラエル社会が抱えたトラウマを意味する普通名詞でもある。 「10月7日、私と夫は17時間にわたって、避難室でドアノブを握ってハマスの隊員の侵入を防ぐ死闘を繰り広げました。その間、うちのキブツに住んでいた姉や義兄などは拉致され、近所の人たちは殺されました。姉は1カ月後に人質解放交渉によって帰ってきましたが、いまだに口をきかず、義兄は今も人質のままです」 戦争が続いているパレスチナのガザ地区から5キロ離れたイスラエル南部のキブツ(農業共同体)ベエリの住民、アエレト・ハキムさん(56)は21日、あの日の惨状が廃墟となって残っている家々のそばで淡々と語った。あの日、1300人の住民が住んでいたこのキブツでは102人が死亡し、40人が拉致された。 キブツには、イスラエル建国を主導した東欧出身のユダヤ人の社会主義勢力の伝統が残っている。特にガザ地区近隣のキブツは、パレスチナ住民との関係が平和維持の要だった。そのため、このキブツの住民たちはガザ地区のパレスチナ住民たちとの和解と共存を模索してきた。ガザの住民たちがこのキブツに来て働き、キブツの住民たちはガザ地区のために定期的な募金や救護などをおこなった。 ハキムさんはあの日、ドアノブを握って死闘した17時間を体験したことで、このキブツで生まれ育つ過程で夢見ていたそのようなすべての希望が蒸発するトラウマに苦しんでいる。ハキムさんは、ガザ地区の住民との関係が修復できるかどうか、もはや自信がないと語った。ハキムさんは、パレスチナ側がテロをやめなければ、このような災いは続くだろうと絶望した。また、軍の基地が近くにあるにもかかわらず軍が出動したのは17時間過ぎてからだったことはもちろん、この15年間政権を握っていながらこのような災厄を防げなかったネタニヤフ政権は責任を取るべきだと声を強めた。その一方でハキムさんは、「平和と共存以外には答えがないのではないか」と希望を失わないよう努めていた。 キブツ・ベエリ近隣地域は今や、あの日の惨状を記憶する一種の「巡礼地」となっている。多くの若者たちがコンサートを楽しんでいた中、364人が殺害され、40人が拉致された音楽フェスティバル「スーパーノヴァ」の開催地には、犠牲者の写真と経歴を載せたプレートが、所狭しと並んでいる。あの日、近隣地域で燃えた車を集めて積み重ねてある場所もある。 観光バスに乗ってイスラエル全域、国外からも訪問客が列をなして訪ねてくる。ボランティアたちが訪問客にあの日の惨状を上気した表情で説明する。ボランティアや訪問客の反応は様々だ。かつては特殊戦の教官を務め、最近は軍属として働いているオペル・シュメリングさんは、記者たちをガザ地区のシュジャイヤ地区まで500メートルのところまで連れて行き、「もうこの問題は終わらせなければならない」、「戦争を最後までやり抜くほかない」と声を強めた。 「10月7日」を前にして、イスラエル社会は分裂と克服の間をさまよっている。人質問題は代表的な例だ。イスラエル全土の街角には、「人質を今すぐ家に」というスローガンと人質の写真が掲げられている。 ネタニヤフ政権の官僚たちは、人質問題の解決に最善を尽くしているとしつつ、「私たちはこの戦争で勝っている」と語る。しかし市民社会、特に人質問題に積極的に取り組む人々の立場は異なる。1人の人質の命が何よりも重要だと訴える。 「10月7日」後、イスラエルの市民社会では「人質および失踪家族フォーラム」という団体が結成された。同団体で外交業務を担当している元駐フランス大使のダニエル・シェクさんは、「フォーラムは政府のために、あるいは政府に反対して活動しているわけではない」と述べつつ、人質の解放が優先されるべきだと強調した。そして同氏は、人質の家族の中には、人質が犠牲になってもハマスと妥協してはならないと主張する10あまりの家族がいるが、彼らにも差別なく支援を提供していると語った。 同氏は、ネタニヤフ政権は様々な政治的理由から戦争を終わらせないという指摘もあると批判しつつ、「いかなる政治的計算よりも、1人の人質の命の方が重要だ」と断言した。同氏は「戦争を終わらせることこそ人質を救うことであり、人質を救うことこそ戦争を終わらせること」だと述べた。 「10月7日」以降、イスラエルは戦争中だ。銃と砲声、死が横行する戦争は、ガザとレバノンだけで行われている。テルアビブの夜の街に若者たちがあふれる中でイスラエル社会が抱える戦争は、「10月7日」がもたらしたトラウマとの戦争である。 テルアビブ/チョン・ウィギル先任記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )