絶滅危惧種「席でタバコが吸える店」を巡る旅【番外編】高校時代の思い出甦る国立をぶらり
好きな街をのんびり歩く。目的も定めず、気の向くまま、足の向くまま、ただ、歩く。急ぐわけでもなく、何かを探し求めるのでもない。懐かしい道をたどるのもいいし、途中、初めての道へあえて迷い込むのもいい。そんなことをしているうちに、目的地を訪ねるばかりの毎日には見つからない何かに巡り合える、かもしれないーー。 【写真】「席でタバコが吸える店」を巡る旅 第10回 横浜「スリーマティーニ」 撮影:大沼ショージ
国立駅までの一本道
真夏のままの暑さが続いた今年の9月。いつになったら金木犀が香り始めるのか、ひょっとしたら暑さのせいで花が咲かぬのではないか、などと心配になっていた彼岸前、思い立って国立の街を歩いてみることにした。 実はここには馴染みが深い。なんといっても、高校3年間を過ごした街なのだ。生活ぶりは実に地味で真面目なものだったけれど、それなりに悲喜こもごもの思い出がある。まあ、その8割方は小っ恥ずかしいだけの思い出だけど、懐かしい街であることは間違いない。 午後1時半にJR南武線の谷保駅北口で、いつもの連れ合いである編集者と写真家の大沼ショージさんと待ち合わせた。ここから国立駅までは約2キロの一本道である。ぶらぶらと歩く前に腹ごしらえをしよう、あらかじめ調べておいた町中華「丸信 中華そば」へ立ち寄った。 荻窪の「中華そば 丸信」ののれん分けというのはネットで調べた情報で、入るのは初めて。1966年開業というから、私が高校生の頃にはとっくにこの地にあったはずなのに、どういうわけかノーマークだった。注文はずばり、ラーメンにしてみた。 酷暑と連日の飲み過ぎで胃袋も相当にへばっているのだが、あっさりした煮干醤油味の古風な東京ラーメンは、私の好きなタイプだった。好みのど真ん中にズバッと直球を投げ込まれた感じがして、とても嬉しい。麺をすすり、汁をすする間の水もまた、うまい。暑い最中に熱々のラーメンを食べるのは、実にいいものだと思う。 老舗ラーメン店を出た私は、どこか喫茶店で一服したいと思うのだけれど、タバコを吸えそうな店が見つからない。国立駅まで行けばあるのはわかっているが、なんだか少し残念である。昔は、大学通りとさくら通りの交差点の近くに、コーヒーのうまい喫茶店があったのだが……。 まあ、そういうことを言い出したらキリがない。その喫茶店の並びには夜は小料理屋で、昼は定食屋、というありがたい店があって、高校を抜け出して昼を外で食べる日は、ここか、まさに交差点の角にあった中華屋さんに入ることが多かった。たしか、大仙といったかな。定食屋ではメンチカツ定食、中華屋ではチャーハン。珍しくもないが、たいへんうまい昼飯を、夢中で喰ったものだった。 ついでに言うと、国立駅南口、富士見通りの「丸八」と言う店の焼きそばは、表現はおかしいが、思いっきりうまかったという記憶がある。店はもうないから食べられないし、仮に食べられたとしても、私はいま、高校生じゃない。還暦を過ぎた老人であるから、あの大盛り激うまの焼きそばを夢中で喰うことはできない。思い出だけで満腹するしかない。歳をとるのは、哀しいことだ。